犬の脳腫瘍とは、脳に発生する腫瘍のことで、初期症状がわかりにくく、進行すると神経症状が現れることが特徴です。高齢の犬に発症しやすく、早期発見と適切な治療が重要になります。
本記事では犬の脳腫瘍の種類や症状について以下の点を中心にご紹介します。
- 犬の脳腫瘍について
- 犬の脳腫瘍の種類
- 犬の脳腫瘍の症状
犬の脳腫瘍の種類や症状について理解するためにもご参考いただけますと幸いです。ぜひ最後までお読みください。
犬の脳腫瘍とは

犬の脳腫瘍とは、頭蓋内に発生する腫瘍の総称であり、中枢神経に重大な影響を及ぼす病気です。高齢の犬によく見られるのが特徴ですが、一部の腫瘍は若い犬にも発症する可能性があります。
MRIやCTといった画像診断技術の進歩により、犬の脳腫瘍に関する病態や予後についての研究が進み、より詳細な診断や治療の選択肢が増えてきています。脳腫瘍にはさまざまな種類があり、発生部位や症状、全身状態、進行の度合いによって治療計画が異なります。
犬の脳腫瘍の種類

犬の脳腫瘍にはどのような種類があるのでしょうか。以下で詳しく解説します。
原発性脳腫瘍
原発性脳腫瘍とは、脳やその周辺組織に発生する腫瘍のことで、犬や猫に見られる脳腫瘍のなかでもよく発生するタイプです。
脳や脊髄そのものが腫瘍化することもありますが、よく発生するのは、髄膜と呼ばれる膜が腫瘍化した髄膜腫で、犬や猫の脳腫瘍の半数を占めるとされています。
以下に主な種類と特徴をご紹介します。
- 髄膜腫(ずいまくしゅ)
髄膜腫は、脳を包む髄膜が腫瘍化することで発生し、外側から脳を圧迫することで神経症状を引き起こします。脳の表面に発生することがあり、進行すると脳を押しつぶすように成長します。 - 神経膠腫(しんけいこうしゅ)
脳そのものが腫瘍化するタイプで、グリア細胞(神経を支える細胞)に発生する腫瘍の総称です。さらにいくつかの種類に分類され、短頭種(フレンチブルドッグ、ボクサーなど)で発生しやすいとされています。このことから、遺伝的な要因が関係しているとの指摘がされています。 - 脈絡叢腫(みゃくらくそうしゅ)・上衣腫(じょういしゅ)
脳室(脳内の液体が循環する部分)に発生する腫瘍で、稀に見られるタイプです。脳脊髄液の流れを妨げることで、頭蓋内圧の上昇を引き起こし、神経症状が現れることがあります。
転移性脳腫瘍
転移性脳腫瘍とは、ほかの部位に発生した腫瘍が血流やリンパを介して脳に転移し、腫瘍として形成される病態を指します。犬や猫に発生する脳腫瘍には、脳内の組織自体に発生する原発性脳腫瘍と、ほかの臓器や器官にできた腫瘍が脳へ転移して発生する転移性脳腫瘍の2種類があります。
犬の脳腫瘍の症状

犬の脳腫瘍はどのような症状がみられるのでしょうか。以下で詳しく解説します。
犬の脳腫瘍の初期症状
犬の脳腫瘍は、発生する部位によって症状が異なり、初期段階では目立った異変が見られないことも少なくありません。そのため、気付いたときにはすでに病状が進行しているケースもあり、早期発見が難しい病気の一つです。
1. 性格や行動の変化
普段と違う行動をとるようになったり、突然攻撃的になる、逆に無気力になるなどの変化が見られることがあります。
2. 食事の変化
食べ物の好みが変わる、食欲がなくなる、逆に過剰に食べるようになることがあります。
3.進行すると現れる神経症状
脳腫瘍が進行すると、さまざまな神経症状が現れることがあります。特に、犬に多く見られるのは痙攣発作です。痙攣発作の症状は以下のとおりです。
- 体の一部が突っ張るような動き
- お口をパクパクさせる
- 発作が激しい場合、全身が震え意識がもうろうとする
その他にも以下のような神経症状がみられる可能性があります。
- 旋回行動:同じ方向にグルグルと回り続ける
- 歩行異常:ふらつく、足がもつれる、立てなくなる
- 姿勢の異常:首が傾き、まっすぐ立てなくなる(斜頸)
- 眼の異常:眼球が揺れる(眼振)、視力が低下する、瞳孔が左右非対称である
- 食事の異常:飲み込みが困難になる
犬の脳腫瘍の主な症状
脳腫瘍は発生する部位や腫瘍の大きさによって、さまざまな神経症状を引き起こします。初期段階では目立った異変が見られないことがあり、ある程度進行してから症状が現れるケースも少なくありません。
脳腫瘍による主な症状は以下のとおりです。
- てんかん様発作:突然のけいれんや意識消失を伴う発作が起こり、進行するにつれて頻度が増える
- 歩行の異常:ふらつき、足元がおぼつかない、ナックリング(足先を引きずる動作)
- 意識障害:ぼーっとしている、呼びかけに反応しない、眠ってばかりいる
- 旋回運動:同じ場所をグルグルと回り続ける
- 斜頸(しゃけい):首が一方向に傾いた状態が続く
- 眼振:眼球が横や縦に小刻みに揺れる
- 性格の変化:怒りっぽくなったり、逆に無気力になるなどの行動変化が見みられる
- 視力・聴力の低下:物にぶつかる、視線が合わない、音に反応しなくなる
- 食欲不振・嘔吐:腫瘍の影響で食欲が落ちたり、消化不良を起こすことがある
- 散歩を嫌がる:動きたがらず、活動量が低下する
- 痛みを訴える:鳴く、触られるのを嫌がるなど、痛みを感じている様子がある
脳腫瘍が進行すると、脳圧の上昇により意識レベルが低下し、脳ヘルニア(脳組織が頭蓋骨のすき間から脱出する状態)が発生し、命に関わる可能性もあります。また、水頭症を併発すると頭がドーム状に膨らんだり、目が突出するといった外見の変化が見られたりする場合もあります。
犬の脳腫瘍の末期症状
脳腫瘍が進行すると、脳の機能が次第に低下し、さまざまな重篤な症状が現れるようになります。腫瘍が大きくなるにつれて症状が悪化し、治療が困難になることがあります。
【末期に見られる主な症状】
- 徘徊:同じ場所を何度もぐるぐる歩き続ける
- 方向感覚の喪失:一定方向に向かって動き続ける
- 重度のけいれん発作:発作の頻度が増え、強い痙攣を伴うことがある
- 意識障害:ぼーっとしている時間が長くなり、呼びかけに反応しなくなる
- 極度の眠気:ほとんどの時間を眠って過ごし、起きている時間が減少する。
- 視覚・聴覚の喪失:目や耳の機能が低下し、物にぶつかる、音に反応しないなどの行動が見られる
【脳腫瘍の進行と症状の悪化】
脳腫瘍が大きくなるにつれて、発作の頻度が増し、症状の重症度も高まる傾向にあります。末期になると、視力を失う、止まらない痙攣発作が起こるなど、日常生活に大きな支障をきたす症状が現れるようになります。
さらに、腫瘍が脳を圧迫し続けることで、脳の形状が変化し、脳圧が限界を超えると脳ヘルニアという危険な状態に陥る可能性があります。
脳ヘルニアが発生すると、脳内の組織が頭蓋骨の隙間に押し込まれ、急激に症状が悪化します。発生した部位によって影響は異なりますが、脳幹(生命活動を司る中枢部分)が圧迫されると、意識障害、呼吸停止、血圧の急激な低下が起こり、生命維持が困難になります。
発症から数分〜1時間以内に命を落とすこともあるため、末期症状が進行している場合は慎重なケアが求められます。
脳腫瘍にかかりやすい犬種・発症しやすい年齢

脳腫瘍にかかりやすい犬種や発症しやすい年齢を、以下で詳しく解説します。
脳腫瘍にかかりやすい犬種
犬の脳腫瘍は、高齢になるほど発症リスクが高まり、犬の長寿化に伴い発生件数も増加傾向にあります。すべての犬種で発生する場合がありますが、以下の犬種は、脳腫瘍を発症しやすいといわれています。
- ゴールデン・レトリーバー
- ラブラドール・レトリーバー
- ウェルシュ・コーギー・ペンブローク
- シェットランド・シープドッグ
- フレンチ・ブルドッグ
- シー・ズー
- ミニチュア・シュナウザー
- スコティッシュ・テリア
- オールド・イングリッシュ・シープドッグ
- コリー
- パグ
- ボストン・テリア
特に短頭種(フレンチブルドッグやボストンテリアなど)は、脳腫瘍のリスクが高いと考えられています。
脳腫瘍が発症しやすい年齢
脳腫瘍の発症は7歳以上の高齢犬によく見られ、10〜14歳の年齢層で発症率が高いといわれています。
犬の脳腫瘍に似ている病気

犬の脳腫瘍では、痙攣や旋回、ふらつきなどの神経症状が現れますが、これらの症状はほかの病気でも見られることがあり、診断には慎重な識別が必要です。脳腫瘍の場合は症状が徐々に悪化していく傾向がありますが、その他の疾患では突発的に症状が現れることもあります。
脳腫瘍と似た症状を示す病気は以下のとおりです。
- 脳梗塞:血流が脳の一部に届かなくなることで発作や麻痺、旋回などの症状が現れる
- 認知症:脳神経や自律神経の機能が低下し、旋回や徘徊、ぼんやりするなどの行動異常が見られる
- 前庭疾患:平衡感覚を司る前庭領域に異常が起こり、旋回、斜頸、眼振などの症状が現れる
- てんかん:脳の異常な興奮による痙攣発作や意識消失
- 脳炎:感染性脳炎と非感染性脳炎があり、痙攣や起立困難が見られ、感染性の場合は発熱を伴うことがある
- 低血糖:血液中のブドウ糖濃度が急激に低下し、震えや意識消失を引き起こす
- 肝性脳症:肝機能の異常により、脳に悪影響を及ぼし、震え、運動失調、旋回、痙攣などが特に食後に見られる
- 尿毒症:腎機能の低下により老廃物が蓄積し、食欲不振、嘔吐・口臭、進行すると痙攣や意識混濁などの神経症状が現れる
犬の脳腫瘍の検査・診断

犬の脳腫瘍は、ほかの脳疾患と症状が似ているため、慎重な検査と診断が必要です。まずは、全身の健康状態を把握するための検査を行い、脳の異常が疑われる場合には、さらに詳しい神経学的検査や画像診断を実施します。
- 問診・触診
飼い主からの情報をもとに、犬の症状や行動の変化を詳しく確認します。 - 血液検査・尿検査
脳腫瘍以外の疾患(感染症、代謝異常など)がないかを調べます。 - レントゲン・エコー検査
腫瘍の転移や全身状態をチェックします。 - 神経学的検査
脳の異常が疑われる場合、神経学的検査を行い、どの部位に障害があるかを特定します。 - 反射テスト
四肢の反射や動作を確認し、神経機能の低下がないかを調べます。 - 歩行検査
ふらつきや旋回運動などの異常を観察します。 - 視覚・聴覚のチェック
目や耳の反応を確認し、視覚・聴覚障害の有無を判断します。 - 画像診断(CT・MRI)
神経学的検査の結果、脳腫瘍の疑いが強い場合、CTやMRIを用いた詳細な画像診断を行います。 - 脳脊髄液検査
脳炎や脳代謝異常などのほかの疾患との鑑別を行います。
犬の脳腫瘍の治療法

犬の脳腫瘍の治療法は以下のとおりです。
外科手術
腫瘍が周囲の組織に浸潤していない場合は、手術によって腫瘍を取り除くことで長期的な生存が期待できます。
一方で、脳腫瘍の外科手術は難易度が高いとされています。脳には細かい血管や神経が密集しているため、腫瘍を切除することが難しいケースがあり、手術のリスクも伴います。
また、転移性(続発性)脳腫瘍の場合は、すでにがん細胞が血液やリンパを介して全身に広がっているため、根治手術が難しく、外科的治療の適応外となることがあります。
症状の緩和を目的に手術が検討される場合もありますが、外科治療単独では根本的な解決にはならないため、ほかの治療法との併用が考えられます。
手術の期待できる効果と注意点は以下のとおりです。
- 腫瘍を取り除くことで、脳への圧迫が軽減し、症状の改善が期待できる
- 手術可能な動物病院が限られているため、専門的な設備と技術を持つ施設での治療が必要
- 腫瘍の種類によっては再発の可能性があるため、術後の経過観察や追加治療(放射線・化学療法)が求められる
脳腫瘍の治療においては、手術のメリットとデメリットを慎重に考慮し、獣医師とよく相談したうえで治療方針を決定することが大切です。外科手術が適応となる場合でも、ほかの治療法と組み合わせながら、愛犬のQOL(生活の質)を維持することを目指すことが大切です。
放射線治療
放射線治療は手術と併用する場合や、単独での治療法として用いられることがあります。
しかし、放射線の効果には個体差があり、すべての犬が同じように反応するわけではありません。さらに、この治療は全身麻酔が必要なため、麻酔薬による身体への負担が避けられないという点も考慮する必要があります。
化学療法
脳腫瘍の治療の選択肢として、抗がん剤を用いるケースもあります。しかし、脳には血液脳関門と呼ばれるバリアが存在し、抗がん剤が脳内に到達しにくいため、効果は限定的です。
また、抗がん剤には副作用のリスクも伴うため、獣医師と十分に話し合うことが大切です。その治療が愛犬の予後を改善する可能性があるのか、それとも副作用による負担が大きくなるだけなのかを慎重に検討しましょう。
緩和療法
手術などの積極的な治療を行わず、症状を和らげることを目的とした治療法です。炎症や浮腫を抑えるためのステロイド剤、脳圧を下げる薬、てんかん発作を抑える抗てんかん薬、鎮痛剤やモルヒネなどが使用されます。
犬の脳腫瘍の予防法と自宅での注意点

シニア犬の行動や性格の変化は、年齢によるものと思われがちですが、脳腫瘍が原因である可能性も考えられます。もし今回紹介したような症状が見られた場合は、早めに動物病院を受診し、適切な検査を受けることが大切です。
まとめ

ここまで脳腫瘍の種類や症状についてお伝えしてきました。脳腫瘍の種類や症状についての要点をまとめると以下のとおりです。
- 犬の脳腫瘍とは、頭蓋内に発生する腫瘍の総称であり、中枢神経に重大な影響を及ぼす病気を指す
- 犬の脳腫瘍に似ている病気には、脳梗塞、認知症、前庭疾患などが挙げられる
- シニア犬の行動や性格の変化は年齢によるものと思われがちだが、脳腫瘍が原因である可能性も考えられる
犬の脳腫瘍は、発見が遅れると治療の選択肢が限られてしまうことがあるため、早期発見・早期治療が大切です。高齢の犬や脳腫瘍の発症リスクが高い犬種では、日頃から愛犬の行動や健康状態を注意深く観察することが大切です。
これらの情報が少しでも皆さまのお役に立てば幸いです。最後までお読みいただき、ありがとうございました。