猫のトキソプラズマ症という病気をご存じでしょうか。トキソプラズマ症は人畜共通感染症で、猫に影響が出ることはあまりないとされていますが、人間に感染させるリスクがあり、妊婦の方が感染すると、胎児に影響が出る可能性がある病気です。
そのため、愛猫の健康を守りたいと思う飼い主や、妊娠中の女性や免疫力が低下している家族がいる場合などは、感染しないか、どのように対処すればよいのか、心配になるかと思います。
そこで本記事では、猫のトキソプラズマ症の基礎知識について以下の点を中心にご紹介します。
- 猫のトキソプラズマ症とは
- 人間のトキソプラズマ症
- トキソプラズマ症の予防方法
猫のトキソプラズマ症を理解し、適切に対処するためにもご参考いただけますと幸いです。
ぜひ最後までお読みください。
猫のトキソプラズマ症とはどんな病気?
猫のトキソプラズマ症は、トキソプラズマ・ゴンディという単細胞の寄生虫によって引き起こされる感染症です。トキソプラズマ・ゴンディは猫の消化管内で増殖し、最終的には糞便を通じてオーシストと呼ばれる形で排出されます。
オーシストとは、原虫の接合子が膜などに包まれている卵のような状態のことです。排泄直後のオーシストは未熟であり、24時間以上かけて環境中で成熟し、ほかの動物に感染する能力を獲得します。
成熟したオーシストは、土壌や水を通じてほかの動物(中間宿主)に摂取され、筋肉内に寄生します。
トキソプラズマ症の特徴的な点は、感染した猫が症状を示さない傾向があるため、飼い主が気付かないことが多いことです。そのため、獣医師にとってもトキソプラズマ症は治療対象として馴染みが薄い感染症です。
しかし、公衆衛生の観点からはとても重要な病気とされています。猫から排泄されたオーシストは人間にも感染しうるためです。
人間への感染経路は主に2つあります。1つ目は、猫の糞便中のオーシストを経口摂取することです。2つ目は、トキソプラズマに感染した肉を生で摂取することです。
トキソプラズマ症は人畜共通感染症であり、前述したように妊娠を予定している女性や妊婦にとって重要な問題となります。
トキソプラズマに初感染した妊婦は胎児に感染させるリスクがあるため、妊娠中の女性は生肉の摂取や猫の糞便の取り扱いに注意する必要があります。
総じて、猫のトキソプラズマ症は猫に大きな影響を及ぼすことは少ないものの、人間にとって重要な感染症です。
猫のトキソプラズマ症の原因
繰り返しになりますが、猫のトキソプラズマ症は、トキソプラズマ・ゴンディ(Toxoplasma gondii)という寄生虫によって引き起こされます。トキソプラズマは猫の体内でオーシストと呼ばれる形態になり、糞便中に排出されます。
外部環境に出たオーシストは強い抵抗性を持ち、石けんや消毒薬では死滅せず、長期間感染力を保つといわれています。熱湯での消毒が効果的とされており、80度の水では1分、60度の水では30分でオーシストを死滅させられます。
猫がトキソプラズマに感染する主な経路は2つあります。1つは、ネズミや鳥などの中間宿主の捕食です。これらの動物は筋肉内にトキソプラズマをシストとして持っており、猫がこれを食べることで感染します。
もう1つの経路は、成熟したオーシストを含む環境(例えば土や水)から直接摂取することや、猫が自らの体を舐めることでオーシストを取り込むことです。
また、屋外での活動が多い猫は、ネズミや小鳥を捕食する機会が増え、感染リスクが高まります。
猫のトキソプラズマ症の症状
猫のトキソプラズマ症は、無症状で経過する傾向にありますが、稀に発症する場合があります。発症した場合、初期には数日間の発熱やリンパ節の腫れ、下痢などの軽い症状がみられます。
急性感染では、タキゾイトが腸管の細胞内で急速に増殖し、稀に致命的な腸管外トキソプラズマ症を引き起こします。
腸管外トキソプラズマ症になった場合、肝臓、肺、脳などが侵され、免疫力の低い子猫などでは重症化し、死亡する可能性があります。
成猫でも、免疫機能が低下している場合やほかの基礎疾患がある場合、慢性のトキソプラズマ感染症を引き起こすことがあります。
具体的な症状としては、眼内にブドウ膜炎が生じたり、発熱、体重減少、食欲不振、てんかん様発作、運動失調などの神経症状がみられたりするなどです。また、膵炎や下痢、黄疸などの消化器症状も現れることがあります。
上記の症状はほかの病気とも共通しているため、トキソプラズマ症と特定するには鑑別診断が必要です。原因不明の症状がみられる場合は、トキソプラズマ感染の可能性を考慮することが重要です。
猫の健康を守るためには、定期的な健康チェックと感染予防が欠かせません。
人間のトキソプラズマ症
人間のトキソプラズマ症は、典型的な日和見感染症の1つで、猫のトキソプラズマ症と同じようにトキソプラズマ・ゴンディ(Toxoplasma gondii)という寄生虫によって引き起こされます。
日和見感染症とは、健康な免疫機能を持つ方では症状が現れず、免疫機能が低下している場合に発症する感染症のことです。
トキソプラズマは、なかでも後天性免疫不全症候群(AIDS)や臓器移植を受けた患者さんなど、免疫抑制状態にある方々にとって重大な感染症となり得ます。
トキソプラズマはほぼすべての温血脊椎動物に感染する能力を持ち、世界中で広く蔓延しています。特にブラジルやフランスでは感染率が高く、全人類の1/3程度が感染しているとされています。
健康な方がトキソプラズマに感染しても、無症状か軽い急性感染症状にとどまる場合が多いとされ、その後は終生免疫を獲得します。しかし、免疫不全状態の方では脳炎や肺炎、脈絡網膜炎などの重篤な症状を引き起こすことがあり、注意が必要です。
トキソプラズマ症は、妊婦にとってリスクを伴います。妊娠中に初めてトキソプラズマに感染した場合、寄生虫が胎盤を通じて胎児に垂直感染し、先天性トキソプラズマ症を引き起こすことがあります。
先天性トキソプラズマ症は、流産や死産、または視力障害、脳性麻痺、精神遅滞などの深刻な障害をもたらす可能性があります。胎児への感染リスクは妊娠末期程高くなるものの、重症度は感染初期に発症した場合の方が高いとされています。
先天性トキソプラズマ症の診断は、母体の抗体検査やIgM抗体検査、さらに高リスクの場合には羊水からの原虫遺伝子のPCR検出が試みられます。
出生後も、移行抗体が消失した後に子どもの血清検査が必要です。妊婦は感染予防のために、生肉の摂取や猫の糞便への接触を避けることが推奨されます。
後天性トキソプラズマ症は、発症する場合には発熱、倦怠感、リンパ節腫脹などの症状がみられます。また、眼トキソプラズマ症として視力障害や眼痛が生じることもあります。
トキソプラズマ症は、健常者が感染した場合は軽度であるものの、免疫不全者や妊婦にとっては重大なリスクを伴う感染症です。適切な予防策と早期診断が求められます。
猫のトキソプラズマ症の診断や検査
猫のトキソプラズマ症は症状が出てもほかの病気と区別がつきにくいため、正確な診断には検査が不可欠です。主な検査方法は抗体価の測定です。
抗体価とは、トキソプラズマに感染した際に猫が体内で作る抗体の量を測定するもので、感染の有無を判断する手段として用いられます。
抗体価の測定には、2回程度の血液検査が必要です。2週間程度の間隔を空けて2回測定し、前後の抗体価の変動を調べます。
初回の抗体価が低く、2回目で上昇した場合、トキソプラズマに初感染した可能性が高く、糞便からオーシストを排泄している可能性があります。
一方、抗体価が常に高い場合は、過去に感染したことがあり、現在はオーシストを排泄していないと考えられます。
猫の糞便中にオーシストが含まれているかどうかを調べることも重要です。初感染から10日間程度はオーシストが排泄され、その後はほとんど排泄されなくなります。
オーシストの検出には顕微鏡検査が用いられますが、近縁のコクシジウム類との区別が難しいため、確定診断にはPCR検査が有効といわれています。
PCR検査では、糞便や眼房水からトキソプラズマの遺伝子を検出でき、より精密な診断が可能とされます。
また、猫の慢性トキソプラズマ症では、眼内のブドウ膜炎がよくみられ、ブドウ膜炎になっているとトキソプラズマ症が疑われるため、抗体検査が行われます。
陽性であれば、PCR検査により眼房水中のトキソプラズマ遺伝子を検出して診断が確定されます。糞便検査でも同様にPCR法が用いられ、従来の顕微鏡検査よりも高精度でトキソプラズマの有無を確認できるといわれています。
猫のトキソプラズマ症の治療について
治療には、リンコマイシン系の抗生物質、トリメトプリム・サルファ剤などの合成抗菌薬が用いられます。
しかし、これらの薬でトキソプラズマを十分に除去することや、オーシストの排泄を十分に抑えることは難しく、慢性経過をたどる場合には再発の可能性があります。
症状が現れている場合には、症状に応じた治療も併用されます。また、妊婦への感染が疑われる場合には、抗生物質の投与で発症や重症化を防ぐことが可能とされています。
猫と人間のトキソプラズマ症の予防
最後に、猫と人間のトキソプラズマ症の予防方法を解説します。
トキソプラズマ症の感染を防ぐには、予防や日常生活での注意がとても大切です。普段の生活でも予防を意識し、愛猫や家族の健康を守りましょう。
猫のトキソプラズマ症の予防方法
猫のトキソプラズマ症を予防するためには、感染経路の遮断が重要です。
まず、未感染の猫には生肉を与えないことが基本の予防となります。生肉にはトキソプラズマが含まれている可能性があるため、しっかりと加熱調理したものを与えましょう。
また、猫を室内で飼育することで、外でネズミや小鳥などを捕食するリスクを減らせます。
そして、猫のトイレは常に清潔に保ち、糞便は早めに処理するよう心がけましょう。糞便中のオーシストは排便から数日後に感染力を持つため、速やかな処理が感染予防に有効とされます。
また、飼い主が外からオーシストを持ち帰らないよう、帰宅時の手洗いや消毒を徹底し、土に触れる際には手袋を着用することも重要です。
妊婦がいる家庭では、猫のトイレ掃除をほかの家族に任せるか、掃除の際には手袋を使用し、その後しっかり手を洗うことが推奨されます。
また、妊婦は野良猫との接触を避け、猫の食器やトイレは定期的に熱湯消毒を行い、ほかの猫や人間への感染リスクを低減させましょう。
人間のトキソプラズマ症の予防方法
人間の場合、トキソプラズマ症を予防するためには、主に環境中のオーシストと生肉に含まれるトキソプラズマの組織シストの摂取を防ぐことが重要です。
繰り返しになりますが、庭いじりや土・砂に触れる際には手袋を着用し、触れた後は石けんと水でよく手を洗いましょう。なかでも食事や料理の前には徹底することが必要です。
妊婦は生肉の取り扱いを避け、どうしても必要な場合は清潔なゴム手袋を使用しましょう。また、生肉が接触した調理器具はよく洗浄し、すべての肉は十分に加熱してから食べることが推奨されます。
生水は飲まずに沸騰させてから使用し、生野菜はよく洗ってから食べることも重要です。
トキソプラズマ症は、ウィルスや細菌と異なり、寄生虫感染は生活環や感染経路が独特な場合があり、糞便中のトキソプラズマが感染力を持つまでに24時間かかるため、猫の便の処理を素早く行えばよい、など正しい知識を知っておくことが重要です。
いたずらに猫との生活を恐れるのではなく、正しく理解し、対処することで感染の不安やリスクを軽減することが大切です。
まとめ
ここまで猫のトキソプラズマ症についてお伝えしてきました。猫のトキソプラズマ症の要点をまとめると以下のとおりです。
- 猫のトキソプラズマ症とは、トキソプラズマ・ゴンディという寄生虫によって引き起こされる感染症で、感染した猫は症状を示さない傾向があるため、飼い主が気付かないことが多い特徴があるが、人間にも感染しうるため注意が必要
- 人間のトキソプラズマ症は、典型的な日和見感染症の1つで、猫のトキソプラズマ症と同じように寄生虫によって引き起こされ、免疫抑制状態にある方々や妊婦にとって重大な感染症となりうる
- トキソプラズマ症を予防するには、生肉を与えない(人間も食べない)ことや、猫を室内で飼育すること、猫の糞便は早めに処理すること、妊婦の場合は猫のトイレ掃除をほかの家族に任せるか、掃除の際には手袋を使用してしっかり手を洗うこと、野良猫との接触を避けることが大切
猫のトキソプラズマ症は、猫自身に大きな影響を与えることは少ないものの、公衆衛生上の重要性が高く、人間に感染するリスクが存在します。
なかでも妊婦や免疫機能が低下している方々にとっては重大な問題となるため、日常生活での予防策の徹底が重要です。猫の健康を守りつつ、家族全員がリラックスして過ごせるよう、正しい知識を身につけましょう。