猫にとって肝臓は、解毒や代謝、栄養の貯蔵といった生命維持に欠かせない臓器です。しかし慢性肝疾患であまり症状がない場合は早期発見が難しく、症状が現れたときには進行しているケースも少なくありません。
食欲不振や黄疸、体重減少などのサインを見逃さず、適切な検査と治療を受けることが重要です。本記事では、猫の肝臓疾患の基礎知識や検査法、治療、予防の実際までを信頼できる医学的知見に基づいて解説します。
猫の肝臓の役割
猫の肝臓は、栄養の代謝や解毒を担う極めて重要な臓器です。摂取したタンパク質や脂肪、糖質をエネルギーへ変換し、必要に応じてグリコーゲンとして蓄えることで血糖値を安定させます。
また胆汁を分泌して脂質の消化を助け、有害物質や薬剤を分解・排出する働きもあります。さらに、血液凝固に関わる因子を合成し、体内のバランス維持にも貢献しているといえるでしょう。
これらの機能が損なわれると、代謝異常や毒素の蓄積など全身に影響が及ぶため、猫の健康を守るうえで肝臓の役割を理解することは欠かせません。
猫と人の肝臓の違い
猫と人はいずれも肝臓が代謝や解毒、胆汁生成などを担いますが、酵素の働きには大きな違いがあります。
人は薬物や食品添加物を分解する酵素群を幅広く持つのに対し、猫は特定の薬物代謝酵素、特にグルクロン酸抱合に関わる酵素の活性が弱いため薬剤や一部の食品成分が体内に蓄積しやすい体質です。
この特性により、人では安全性が高いとされる薬や食材でも猫には毒性が強く現れることがあります。また、猫は完全な肉食動物であるため、肝臓におけるたんぱく質や脂質代謝の比重が高い点も人との相違点です。これらの違いを理解することは、肝臓病の予防や治療においてとても重要です。
猫がかかる可能性がある主な肝臓の病気
猫の肝臓は解毒や栄養代謝を担う重要な臓器であり、異常が起きると全身に影響します。代表的な疾患には炎症が中心となる胆管炎、急激な脂肪蓄積によって機能不全を起こす肝リピドーシス、進行すると予後が厳しい肝臓がんがあります。
いずれも初期症状が目立ちにくく、食欲不振や黄疸などが見られる頃には進行していることがあるでしょう。そのため、早期発見と適切な治療を行うために、日常的な観察と定期健診が欠かせません。
胆管炎
猫の胆管炎は大きく、細菌感染により急性に発症する好中球性胆管炎と、免疫異常の関与が指摘されるリンパ球性胆管炎に分けられます。
初期には非特異的な症状が多く、血液検査で肝酵素やビリルビンの上昇が確認されることが診断の手がかりです。さらに腹部超音波などで肝臓や胆嚢を評価し、最終的には肝生検が必要になることもあります。
治療は好中球性胆管炎では抗菌薬投与が主体となり、リンパ球性胆管炎では免疫抑制薬による長期管理が中心です。特にリンパ球性胆管炎では休薬後の再発の可能性も高く、継続的な経過観察と投薬が予後を左右することが報告されています。
肝リピドーシス
肝リピドーシスは、肥満傾向の猫が急に食事をとらなくなることで発症しやすい、猫特有の肝臓疾患です。この病態では、体内でエネルギーが不足すると脂肪が分解され、コレステロールやトリグリセリドなどの脂肪が肝臓に運ばれます。
しかし肝臓の処理能力を超える大量の脂肪が蓄積されることで、肝細胞内に中性脂肪が過剰に蓄えられ、肝機能が著しく低下します。
肝リピドーシスは猫における急性肝障害で少なくない疾患とされ、少しの期間の絶食(数日間)でも発症することがあり、肝不全に直結する恐れがあるでしょう。
肝臓がん
猫の肝臓がんは原発性では肝細胞がんと胆管がんが主要で、猫では肝細胞がんが肝原発悪性腫瘍のなかで多数報告されています。
転移は犬より起こりやすく、所属リンパ節や肺、脾臓などへの転移が確認されています。診断は血液検査に加え腹部超音波やCT、針生検や組織生検を組み合わせて行うことが一般的です。
治療の第一選択は切除可能例での外科的肝葉切除で、猫の胆管系腫瘍でも切除により長期生存が得られた報告があり、肝臓は約8割まで切除しても生存が可能といわれています。一方、びまん性・多発性や転移例では予後が厳しく、早期発見が鍵になります。
猫の肝臓機能の低下が疑われる症状
猫がかかる肝臓の病気にはいくつか代表的なものがありますが、いずれも進行すると体重減少や倦怠感が目立ちます。早期に症状を見抜き、適切な治療につなげることが猫の健康寿命を守るうえで重要です。
食欲不振
食欲不振は、肝機能低下を示唆する初期の重要な徴候の一つです。特に肥満猫が数日間食事を摂らなくなると、脂肪が肝臓へ過剰に流入し、中性脂肪が肝細胞に蓄積することで肝リピドーシスが発症します。
この状態では肝臓の代謝能力が阻害され、肝不全など重篤な症状へと進行するリスクが高まるでしょう。
治療には早期の栄養介入が不可欠で、特に経鼻チューブや食道瘻チューブを用いた流動食の投与が推奨されます。これは、肝細胞再生の材料となるエネルギーと高品質なタンパク質を供給し、回復を支えるためです。
嘔吐や下痢
猫に嘔吐や下痢が見られる場合、肝臓疾患の初期兆候として現れることがあります。特に急性肝炎では、元気消失や食欲不振に加え、嘔吐や下痢といった消化器症状が臨床的に観察されており、発熱や黄疸、尿色の変化、神経症状を伴うこともあるでしょう。
また、慢性的な肝障害が進行した場合、重度では嘔吐・下痢に加え体重減少や被毛のぱさつきがみられることが報告されています。
嘔吐や下痢はほかの多くの消化管疾患、例えば急性胃腸炎や感染症、食物性アレルギー、腫瘍性疾患などでも起こるため、これらの症状だけで肝機能低下を断定することはできません。
診断には、血液検査による肝酵素の評価やビリルビン値、超音波検査などによる画像診断が必要になることも多いです。
腹部のふくらみ
肝臓機能が低下した猫に見られる腹部の膨らみは、主に腹腔内に腹水がたまることが原因です。
腹水は本来、腹膜から少量産生されて吸収されて潤滑の役割を果たしていますが肝機能障害からの低アルブミン血症などにより腹水の漏出量が増えたりすると、腹腔内に貯留します。
結果として腹囲が膨らみ、胃や横隔膜の圧迫が起きて食欲低下や努力性呼吸が見られる場合があります。また、心不全や腫瘍性疾患、猫伝染性腹膜炎なども猫の腹水の原因です。
診断には腹部X線や超音波検査が有効で、多量の腹水ではX線で腹部臓器の輪郭が不明瞭になり、超音波では腹腔全体に無エコー領域が見られることがあります。超音波では少量の腹水でも検出可能なことが多く、肝うっ血などの所見も併せて確認できます。
体重の減少
猫における肝機能低下が疑われる症状の一つである体重の減少は、以下のようなメカニズムに起因しており、肝臓が担う栄養代謝機能が低下すると食事で摂取した栄養の吸収やエネルギーが阻害され、結果として体重が減少します。
加えて、猫特有の肝疾患である肝リピドーシスにおいても体重減少は頻繁に観察されます。
特に肥満猫が数日間にわたり食欲不振に陥ると、急速に脂肪が肝臓に蓄積し機能不全を引き起こします。その過程で体重減少が顕著になるケースが多く、臨床レポートでも指摘されています。
見た目の色やツヤの変化
肝疾患が進行すると、皮膚や白目、口腔粘膜が黄色っぽく変色する黄疸が現れます。これは、ビリルビンが肝臓で適切に処理されず血中に蓄積するためで、猫の肝臓病では重要な視覚的サインです。
例えば、ある猫では眼の白目の部分が明らかに黄色く変化し、体重減少や脱水が伴っていました。この症例では入院治療と強制給餌により、4日後には黄疸の色調が改善し、退院できたことが報告されています。これは、早期介入が見た目の回復につながる一例です。
猫の肝臓によくないこと
猫の肝臓は体内の解毒を担うため、環境や食事から受ける影響が大きい臓器です。特に注意が必要なのが、精油や観葉植物といった中毒性物質への接触と、人間用の食べ物の摂取です。
精油や一部の観葉植物には猫が分解できない成分が含まれ、肝臓に負担をかけて中毒症状を引き起こす恐れがあります。
また、玉ねぎやチョコレートなど人間にとっては一般的な食材でも、猫にとってはうまく代謝できないものも多いので注意が必要です。
こうした要因は日常生活のなかで見落とされやすいため、飼い主様が予防意識を持ち、猫にとって安心感がある環境と食事を徹底することが重要です。
精油や観葉植物が近くにある
猫の肝臓への悪影響を避けるためには、精油や特定の観葉植物の管理に細心の注意が必要です。精油は猫が代謝しにくい特性を持ちます。
また、観葉植物の中には植物そのものや花瓶の水をなめただけでも重篤な中毒症状を引き起こすものがあり、これらは肝臓だけでなく多臓器に不全を与える可能性があります。
そのため、猫のいる環境では精油の使用や有毒な観葉植物の設置を避け、安全性を優先することが肝要です。
人の食事を与える
人の食事を猫に与えることは、肝臓に悪影響を及ぼす可能性があります。猫はグルクロン酸抱合能が低いため、特定の成分を解毒できず、肝臓に負担をかけやすい点が重要です。
特に人の食事に多く含まれる調味料や加工食品などは、猫にとって過剰な負担となりうるため、慎重な対応が必要です。したがって、猫には人の食事を基本的に与えず、必要な場合は獣医師の指導にしたがって与えることが適切だといえます。
猫が肝臓の病気にかかるのを防ぐ方法
猫の肝臓を健康に保つためには、日々の生活管理が欠かせません。まず大切なのは、栄養バランスの整った食事を与えることです。
必要なタンパク質やビタミン、ミネラルを過不足なく摂取できるフードを選ぶことが予防につながります。また猫は絶食に弱く、長時間食事をとらないと肝リピドーシスを発症しやすい動物です。
そのため急な絶食を避け、日常的に安定した食餌環境を維持することが重要です。さらに、定期的な動物病院での健康診断によって、血液検査や画像検査を通じて肝機能の異常を早期に発見できます。これらを実践することで、肝臓への負担を減らし、病気の予防に役立ちます。
バランスのよい食事をとる
猫の肝臓を守るためには、タンパク質や脂質、炭水化物、ビタミン、ミネラルを適切に含む五大栄養素がバランスよく配合された総合栄養食を与えることが基本です。
特にタウリンやアルギニンなどの必須成分が不足すると、網膜萎縮や心筋症、高アンモニア血症などにつながるため、これらが過不足なく含まれていることが重要です。
さらに肝機能に負担をかけないよう、高エネルギー密度かつ消化しやすいフードを選ぶことで、食欲が落ちたときにもできるだけ栄養補給が可能となります。一方、タンパク質過剰は代謝負荷となるため、量の調整も必要です。
絶食期間を設けない
猫に長時間の絶食を強いることは極めて危険です。特に、肥満体質の猫ではたった1〜2日の絶食でも肝リピドーシスを発症することが明らかになっています。
これは、食事をとらないことで体内の脂肪が急速に分解され肝臓に運ばれ、中性脂肪が肝細胞に蓄積して肝機能を低下させるためです。
実際に肥満猫が3〜7日間の絶食状態で肝リピドーシスに陥った症例では、黄疸や肝酵素の異常を伴い、経鼻チューブや胃瘻チューブによる栄養介入が迅速に行われなければ致命的となることが報告されています。
定期的に健診に行く
猫は自分で病気のサインを隠しやすく、肝臓疾患も初期には無症状であるため若いうちから年1回、シニア期には半年に1回程度の定期健診が望まれます。
健診には血液検査が不可欠で、症状が現れる前でも肝機能の異常や初期段階の疾患を早期に発見できるため、治療の選択肢が広がることで猫への負担の軽減が可能です。
また、正常時のデータを保持しておくことも、将来の比較に役立ちます。肝臓病を含む多くの疾患を未然に防ぐため、適切な頻度での定期健診を実施することが肝要です。
まとめ
猫の肝臓は解毒や栄養代謝を担う重要な臓器で、機能が低下すると食欲不振や体重減少、嘔吐、下痢、白目や皮膚が黄色く変色する黄疸などが見られます。
精油や観葉植物、人の食べ物は肝臓に負担を与えるため避ける必要があります。予防にはバランスのよい食事と絶食を避ける管理が基本で、定期的な健診による早期発見も欠かせません。
飼い主が日常の変化に気付き、獣医師による診断につなげることが猫の健康を守る第一歩となります。愛猫に長く元気でいてもらうには、日々の小さな注意と継続的なケアが不可欠です。
参考文献