ペットの猫の顔つきに「何か変化がある」と感じたことはありませんか?例えば、口元が垂れてよだれが出ている、表情が左右非対称になっているといった様子です。こうした症状が見られる場合、猫の顔面神経麻痺が起きているかもしれません。猫では発生頻度は高くないものの、中耳や内耳の炎症やケガなどさまざまな原因で起こり、瞬きができないことによる眼のトラブルや食事がうまく摂れないなど生活に大きな支障をおよぼします。本記事では猫の顔面神経麻痺の概要から自宅でできるケアまで詳しく解説します。異変に早く気付き適切に対処することで、症状の悪化防止や回復につなげることができます。
猫の顔面神経麻痺とは

猫の顔面神経麻痺とは、その名のとおり顔の表情筋を支配する顔面神経が麻痺し、顔の筋肉がうまく動かなくなる状態です。顔面神経は脳から出る12対の脳神経のひとつ(第七脳神経)で、顔の表情を作る筋肉のほか、まばたきや耳、口唇の動き、さらに涙や唾液の分泌なども司っています。
この神経が機能しなくなると、瞬きができない、耳や口を動かせない、涙や唾液が正常に分泌されないなどの異常が生じ、顔の左右で表情がアンバランスになります。多くの場合、症状は突然に現れ、片側の顔面にのみ起こるため、飼い主さんは顔がゆがんで見える、片方の目だけ閉じないなどの変化で異変に気付くことがあります。
顔面神経麻痺自体は痛みを伴う病気ではありませんが、瞬きできないことによる目の乾燥や、口が閉じにくいことによる食事のこぼれなど二次的な問題が起こりやすく、放置すると猫の健康や生活の質に深刻な影響を及ぼす可能性があります。
猫の顔面神経麻痺の症状と変化

猫が顔面神経麻痺を発症すると、顔や日常動作にさまざまな変化が現れます。ここでは症状の特徴と見た目や表情の変化、生活上の変化、そして早めに受診すべきサインについて具体的に解説します。
顔面神経麻痺の症状
顔面神経麻痺では、麻痺した側の顔で次のような症状が見られます。
- まばたきができない
- 目が乾きやすくなる
- 唇や頬、耳をうまく動かせない
- 口角が下がる
- 飲食時に食べ物が口の端にたまる、よだれが増える
症状は通常、突然現れます。多くは顔の片側のみに起こり、片側の耳やヒゲが垂れ下がる、口角が下がるといった左右非対称の変化となるため、見た目にも異常がわかりやすくなります。また、瞬きを自力でできなくなる結果、角膜の乾燥が進み、放置すると角膜炎や角膜潰瘍など目の病気を引き起こすことがあります。猫自身は痛みを訴えられませんが、目のトラブルが生じると強い痛みや視力低下につながるため注意が必要です。
見た目や表情の変化
顔面神経麻痺により顔の筋肉が麻痺すると、表情や顔つきに次のような変化が現れます。
- 顔の左右差が大きくなる
- 瞬きができず目が乾く
- 耳やヒゲの動きがなくなる
これらの見た目の変化から、飼い主さんは「なんだか顔つきがいつもと違う」「片側の表情が消えたように見える」といった異変に気付くことがあります。
日常動作に現れる変化
顔面神経麻痺は猫の日常生活にもさまざまな影響を及ぼします。以下のような動作上の変化が見られます。
- エサをうまく口に入れられなかったり、飲み込むのに時間がかかったりする
- 食べ物をうまく喉の奥に送り込めず、飲み込みに時間がかかる
- 目を痛がって前足でこする
このように、顔面神経麻痺は食事や感覚器官にも影響を及ぼすため、猫にとってストレスや不便を伴う状態です。日常のなかで食べにくそう、水を飲むとむせる、片目が常に開いているなどの変化に気付いた場合は注意が必要です。
受診すべきサイン
顔面神経麻痺の場合は、上述したように見た目にわかりやすいサインが現れます。次のような症状や様子が見られたら、できるだけ早めに動物病院を受診しましょう。
- 片方の目が閉じなくなったり、瞬きの頻度が減って目が乾いていたりする
- 顔の左右で目や口の開き方が異なる、表情が偏っている
- よだれを垂らす、エサをうまく噛めずこぼすなど食べ方に異変がある
- 耳を触っても片方だけ動かない
- 顔を触っても反応が鈍い
これらのサインに気付いたら、放置せず早めに獣医師の診察を受けることが重要です。特に、原因が中耳や内耳の感染症などの場合、治療が遅れると炎症が脳へ波及し命に関わる可能性もあります。少しでもおかしいなと感じたら、大切な愛猫のために早めに受診しましょう。
猫の顔面神経麻痺の原因

猫の顔面神経麻痺は、いくつかの異なる要因によって引き起こされます。以下に主な原因を分類して解説します。
外傷や事故による顔面神経の損傷
交通事故や高所からの落下、ケンカによる咬傷など、外部からの強い衝撃で顔面神経が傷つくことがあります。特に頭部や顔面への打撲・外傷で神経が損傷すると、その部位より先の神経支配領域に麻痺が生じます。また、耳の周囲での手術(中耳の手術や耳垢腺腫瘍の摘出など)の際に、近くを通る顔面神経が炎症や損傷を受け、術後の後遺症として麻痺が出ることもあります。外傷による麻痺の場合、神経が切断されていなければ時間とともに機能が戻る可能性もありますが、重度の損傷では麻痺が続くこともあります。
耳の疾患による炎症
中耳炎や内耳炎など耳の炎症は、顔面神経麻痺を引き起こすことがあります。顔面神経は中耳腔の中を通っているため、中耳で起きた炎症が神経を障害して麻痺を引き起こします。中耳炎は、外耳炎が悪化して波及することがあります。したがって、耳をかゆがる、耳垢が増える、耳を痛がるといった外耳炎の段階で早めに治療することが予防につながります。
また、猫特有の耳の疾患として中耳から外耳に発生するポリープ(鼻咽頭ポリープ)も原因となります。耳ポリープが大きく育って顔面神経を圧迫したり、ポリープ摘出手術の後遺症で麻痺が起こったりする例もあります。
ウイルス感染や神経炎
ウイルスが原因で神経系に炎症(神経炎)が起こり、顔面神経が麻痺する場合があります。猫では、例えば猫伝染性腹膜炎(FIP)ウイルスが中枢神経系に感染すると脳神経の障害を引き起こすことがあります。これらウイルス感染によるものは明確に診断が難しい場合もありますが、発熱や全身症状を伴うことが多く、顔面神経麻痺以外にもさまざまな神経症状(ふらつきやけいれんなど)を示すことがあります。
ウイルス以外にも、細菌感染が神経に波及したり、免疫介在性の神経炎が発症して顔面神経が障害されたりすることもあります。このような場合、顔面神経麻痺だけでなくほかの神経も同時に症状を示すことが多いため、全身的な神経学的検査による評価が必要です。
腫瘍や神経系疾患
腫瘍が顔面神経を圧迫および浸潤することで麻痺が生じることがあります。具体的には、中耳や内耳に発生する腫瘍(耳垢腺腫やがん)や、脳幹部にできた腫瘍が顔面神経の経路を圧迫するケースです。腫瘍以外にも、脳炎や脳血管障害(脳卒中)など中枢神経の病変によって顔面神経に障害が及ぶことがあります。これらの場合、しばしばほかの脳神経症状(例えばけいれん発作、ふらつき、行動の変化など)や全身症状を伴うため、顔面神経麻痺単独よりも症状が複雑になります。
そのほかの原因
上記以外の原因としては、代謝性疾患や全身性の疾患に伴う場合が挙げられます。例えば、甲状腺機能低下症で神経症状が出ることがあります。また、重症筋無力症などの神経筋接合部の疾患で顔の筋肉が麻痺したようになることや、全身的な多発ニューロパチー(末梢神経の障害)の一環として顔面神経が麻痺することも考えられます。しかし、こうした例は猫では大変まれです。原因が特定できない特発性の場合は、上述のあらゆる原因を検査で除外したうえで診断されます。特発性顔面神経麻痺では突然片側の麻痺が起こりますが、原因となる疾患が見当たらないため有効な根治治療がなく、主に対症療法による経過観察となります。
猫の顔面神経麻痺の検査と診断

猫の顔面神経麻痺が疑われる場合、獣医師は身体検査と神経学的検査を行い、原因を突き止めるためのさまざまな検査を実施します。
検査方法
顔面神経麻痺の原因を調べるためにはさまざま検査を行います。
検査項目 | 内容・目的 |
---|---|
問診・視診・触診 | ・症状が出た状況や経緯を飼い主から詳しく聞き取る ・猫の顔の様子を観察し、頭部や耳周辺を触って痛みや腫れの有無を確認する |
神経学的検査 | ・顔面神経麻痺の有無を確認するため、眼瞼反射テストや威嚇反射テストを行う ・視力、瞳孔反応、嚥下反射などほかの脳神経の異常も併せて評価する。 |
耳の検査 | ・耳鏡で外耳道の状態を確認する ・耳垢を採取して細菌検査や顕微鏡検査を行い、感染や耳ダニの有無を調べる ・オトスコープで鼓膜破裂や中耳炎の有無を確認する。 |
血液検査 | ・全身状態を把握し、感染症や代謝疾患の有無を調べる ・白血球数や炎症マーカーで感染の可能性を評価 ・甲状腺ホルモン値を測定して機能異常の有無を確認する |
画像診断 | ・耳の奥や脳の状態を詳しく評価するため、レントゲンやCT/MRIを行う ・X線で中耳の骨変化を確認 ・CTやMRIで炎症範囲、腫瘍の有無、脳の異常を確認 |
これら検査を組み合わせて、原因の診断と顔面神経麻痺の程度を確認します。
診断基準
診察と検査の結果、顔面神経麻痺の症状が確認され、かつそれを引き起こす原因が特定できれば確定診断となります。一方、検査を行っても明確な原因疾患が見当たらない場合は特発性顔面神経麻痺の診断となります。これは、血液検査や画像検査などで顔面神経麻痺を起こしうる疾患をすべて除外したうえで下される診断名です。特発性の場合、顔面神経麻痺以外の神経症状や全身の異常所見がないことも診断のポイントです。診断確定後は、原因に応じた治療方針が立てられます。
猫の顔面神経麻痺の治療法

顔面神経麻痺の治療は、原因となっている病気の治療と、麻痺による症状への対症療法を行います。ここでは薬物療法、外科的治療、理学療法、リハビリの観点から治療法を解説します。
薬物療法
顔面神経麻痺の原因が判明している場合、まずはその基礎疾患の治療が優先されます。例えば中耳炎や内耳炎が原因であれば、培養検査で適切な抗菌薬を選択し、抗菌薬治療を行います。炎症が強い場合は消炎剤を用いて炎症と腫れを抑え、神経への圧迫を軽減させます。ウイルス感染が疑われる場合は抗ウイルス剤やインターフェロンの投与を検討します。
そして、原因を問わず、麻痺した神経の回復を促す目的でビタミンB群などの神経代謝を助けるビタミン剤や、神経賦活剤(神経の働きを高める薬)が処方されることがあります。ただし、これらは劇的な改善を目的とするものではなく、あくまで補助的な治療です。
また、場合によっては副腎皮質ステロイド(プレドニゾロンなど)が短期間使用されることもあります。ステロイドには抗炎症作用とともに神経の浮腫を取る効果が期待できますが、副作用もあるため獣医師の経過観察下で慎重に用いられます。
外科的治療
顔面神経麻痺の原因が腫瘍である場合、その摘出手術が検討されます。中耳や内耳の腫瘍であれば外科的に腫瘍を切除し、必要に応じて放射線治療や化学療法(抗がん剤)を併用します。耳ポリープの場合も外科的にポリープを除去することで神経への圧迫を取り除きます。重度の中耳炎で内科治療に反応しない場合、中耳を開窓して病変を除去する手術(鼓室胞切開術)を行い、感染巣を除去するとともに神経への圧力を軽減する治療も選択されます。
理学療法やリハビリ
顔面神経麻痺そのものを直接治すリハビリテーションは限られますが、麻痺による後遺症を軽減するためのケアが行われます。
麻痺が長引くと顔の筋肉が萎縮したり硬くなったりするため、獣医師の指導のもと顔面の軽いマッサージを行う場合があります。指の腹で頬や額を優しく撫でたり、麻痺側の筋肉を軽く揉みほぐしたりすることで血行を改善し、拘縮(筋肉のこわばり)を防ぎます。猫がリラックスしているときに、ごく軽い力で短時間行うようにします。
また、顔面神経麻痺のリハビリとして特別な運動療法はありませんが、食事を工夫して顎を動かす練習をさせたり、咀嚼を促すおやつを与えたりして、顔の筋肉を適度に使わせるようにします。麻痺側の耳が聞こえづらい場合は、音を立てて反応を見せる訓練などを通じて五感の補助をすることもあります。
猫が顔面神経麻痺になったときの自宅でのケア方法

顔面神経麻痺の猫をお家で世話する際には、いくつか注意したいケアポイントがあります。獣医師の指導のもと、以下のようなケアを行いましょう。
ケア項目 | 内容・注意点 |
---|---|
目のケア | ・麻痺側の目は瞬きできず乾燥しやすいため、人工涙液やヒアルロン酸点眼を1日数回行い潤いを保つ ・就寝前には眼軟膏を塗って保湿する ・必要に応じてエリザベスカラーでこすらないよう保護する |
口元の清潔 | ・食事やよだれで口周りが汚れたら、やわらかく湿らせたガーゼやタオルで優しく拭き取る ・皮膚を擦りすぎないよう注意し、雑菌繁殖や皮膚炎を予防する |
耳のケア | ・耳が麻痺して動かせないと汚れが排出しにくくなるため、獣医師の指示に従い適切な頻度で耳掃除を行う |
安全管理 | ・麻痺で運動能力や感覚が低下している可能性があるため、事故防止の工夫をする ・高い場所へのジャンプを防ぎ、屋外には出さない ・耳の聞こえや平衡感覚の低下で外では危険が増すため、完全室内飼いにする |
投薬と通院 | ・処方された薬は指示どおり投与し、症状改善後も勝手に中断しない ・抗菌薬治療中は決められた期間を守る ・定期的な通院で経過を確認し、必要に応じて治療方針を見直す |
これらのケアを続けることで、猫の不快感を軽減し、回復を助けることができます。症状の改善には時間がかかることもありますが、焦らず根気よくサポートしてあげましょう。
まとめ

猫の顔面神経麻痺は、顔の筋肉を動かす神経が障害されることで瞬きができない、口元が垂れるなどさまざまな症状を引き起こす病気です。目の乾燥から角膜炎を招いたり、猫が生きるうえで必要不可欠な食事やコミュニケーションにも支障をきたしたりするため、猫にとって不便で危険な状態になりえます。大切なのは、日頃から猫の様子を注意深く観察し、早めに異変に気付いて対処することです。「いつもと違う表情かな?」と感じたら、早めに動物病院で相談し、適切な治療とホームケアで愛猫の健康を守っていきましょう。
参考文献