猫の心臓病は、心臓の構造的変化に伴い、心臓の本来の働きに異常が生じ、全身へ十分な血液を送り出せなくなる病気です。初期の段階では目立った症状が少なく、飼い主が気付きにくいこともあります。気付かないうちに病状が進行し、命に関わることもあるため注意が必要です。
しかし、適切な治療とケアを行うことで、病気の進行を遅らせたり、症状を改善したりすることができます。
本記事では、猫の心臓病の基礎知識、前兆と初期症状、検査と治療法、日々のケアや予防策について解説します。大切な猫の健康を守るための知識を学んでいきましょう。
猫の心臓病の基礎知識

猫の心臓は、人間と同じく全身に酸素や栄養などを届けるポンプの役割を果たす大切な臓器です。心臓は4つの部屋(右心房、右心室、左心房、左心室)で構成されており、肺から受け取った酸素が豊富な血液を、全身へ送り出し、健康な身体を維持しています。
しかし、心臓に異常が生じると、血液の流れが悪くなり、身体に十分な酸素や栄養などが行き渡らなくなります。その結果、さまざまな体調不良が起こり、進行すると呼吸が苦しくなったり、場合によっては命に関わることもあります。
早めに異常に気付いて、適切な対応をすることが猫の健康を守るために重要です。
猫の心臓病の概要
猫の心臓病とは、心臓の構造や機能に異常が生じ、血液をうまく全身に送り出せなくなる病気のことを指します。血液の流れが悪くなると、身体が必要としている酸素や栄養などが十分に届かず、臓器に負担がかかるため注意が必要です。
ただし、明確な症状が現れないことも珍しくありません。そのため、心臓病に気付いたときには病気が進行してしまっていることも多々あります。症状の早期発見と適切な対応が猫の健康を守るために重要です。
猫の心臓病の種類
猫の心臓病のなかでよくみられるのが心筋症(しんきんしょう)です。心臓の筋肉に異常が生じ、血液を正常に送り出せなくなる病気です。
猫によくみられる心筋症は以下の3つです。
- 肥大型心筋症(HCM):心筋が異常に厚くなり、心臓のポンプ機能に障害が起きる。猫の心臓病のなかで、最も多く発生する心疾患といわれている。
- 拡張型心筋症(DCM):心筋が薄くなり、心腔が拡大し、収縮力が低下する。かつてはタウリン不足が原因とされたが、現在はフードにタウリンが添加されているものが多く、発症率が減少している。
- 拘束型心筋症(RCM):繊維化によって心筋が硬くなり、心室の収縮や拡張が難しくなる。肥大型心筋症についで2番目に発生が多いとされている。
そのほかにも不整脈源性右室心筋症(ARVC)や、どれにも分類されない分類不能型心筋症などもあります。
それぞれ異なる特徴を持つため、適切な治療が重要です。
心臓病になりやすい猫の特徴
猫の心臓病は、以下のように遺伝や生活習慣の影響を受けやすいと考えられています。
- 特定の猫種:特定の猫種(メインクーン、ラグドール、ノルウェージャン・フォレスト、ペルシャ、スコティッシュ・フォールド、アメリカン・ショートヘアー、短毛種猫)などは、心筋症(特に肥大型心筋症)を発症する可能性が高い。
- 年齢:心筋症の好発年齢は5~7歳といわれているが、加齢に伴い発症率は高くなるため、定期的な検診が推奨される。
- 肥満:肥満の体全体に血液を送る必要があるため、心臓に負担がかかり、心臓病を引き起こす可能性が高くなる。
猫の心臓病|前兆と初期症状

猫の心臓病は、初期症状がわかりづらく、気付かないうちに進行している場合があります。しかし、日常の変化を注意深く観察することで、早期発見につなげることができます。
猫の心臓病の初期症状
猫の心臓病は、早期発見が重要です。しかしながら、猫の心臓病は症状を示さないことが多く、通常の健康診断では発見できない場合もあります。実際に病気が進行してから見つかる場合も少なくありません。
したがって、定期検査などによる早期発見が重要となります。
猫の心臓病の症状
猫の心臓病が進行し始めると、いくつかの症状が現れます。
呼吸が浅くて速い、胸の動きが大きくなるなどの呼吸の異常はわかりやすいですが、食欲不振や活動量が低下したり、ジャンプを嫌がるなど遊びたがらない様子が続く場合も注意が必要です。
また、急激な体重増加がある場合は、心臓の機能低下に伴う胸水や腹水などが原因かもしれません。そのなかでも、特に注意すべき症状のひとつは咳です。猫は通常あまり咳をしませんが、運動後や興奮時に咳が出る、または呼吸がゼーゼーするような状態が続く場合、心臓病の可能性があります。
しかしながら、これらの症状はかなり進行したタイミングで発現します。したがって、やはり早期発見に繋げるためには、定期検査が必要です。
また、心臓病が進行すると血栓塞栓症を引き起こし、後ろ足の血管に血栓が詰まることで歩行などに異常が生じることがあります。突然足を引きずったり、激しい痛みを感じていたり、肉球の色が青紫色を示しているなどといった症状が見られた場合は、早急に受診が必要です。血栓塞栓症は時間との勝負です。すぐに動物病院へ向かいましょう。
さらに、猫の心臓病が深刻な状態になると、お口を開けて呼吸(開口呼吸)をすることがあります。猫は通常お口を開けて呼吸することはないため、これも極めて危険なサインです。開口呼吸が見られた場合もすぐに動物病院へ向かいましょう。
猫の心臓病|進行期の合併症

猫の心臓病が進行すると、心臓自体だけでなく、肺や血管にも影響を及ぼすことがあります。症状が悪化すると、呼吸困難や血流障害などの合併症を引き起こし、緊急の対応が必要になることもあります。ここでは、代表的な合併症について解説します。
胸水
胸水とは、肺が存在している胸腔に、血液の液体成分がたまってしまう状態のことです。主に右心不全が進行すると、全身の血液が心臓に戻りにくくなり、体内の静脈に通常よりも血液がたまってしまいます。限界を超えると血管から血液の液体成分が漏れ出てしまい、胸腔に水分がたまってしまいます。
胸水が溜まると、肺が圧迫されるため呼吸がしづらくなり、酸素をうまく取り込めなくなることがあります。以下のような症状が見られた場合は注意が必要です。
- 動きたがらなくなる(活動量の低下)
- 呼吸が浅くて速くなる
- 食欲がなくなる
- 息をするたびに胸の動きが異常に大きくなる(呼吸困難の兆候)
症状が進行すると、呼吸がますます苦しくなり、猫がじっとして動かなくなることもあります。
肺水腫(心原性肺水腫)
肺水腫とは、通常は空気が充満している肺のなかに、血液の液体成分がたまってしまう状態のことで、左心不全が悪化したときによく見られる合併症です。
心臓の働きが低下すると、心臓から全身に拍出される血液量が減少し、心臓内に血液がたまり、心臓の内圧が上昇します。その際に、肺から心臓に血液を届けている肺静脈や肺の毛細血管の内圧も上昇し、限界を超えると肺の毛細血管から血液の液体成分が漏れ出し、肺に水分がたまってしまいます。
肺水腫が進行すると、酸素を十分に取り込めなくなり、重度の呼吸困難を引き起こすことがあります。以下の症状が現れた場合は、危険な状態です。
- 呼吸時にお口を開ける(開口呼吸)
- 呼吸や息が荒い
- 咳が止まらない
- 呼吸音に水が混ざった音が聞こえる
- 舌の色が青紫色になる(チアノーゼ)
- 意識がなかったり、立ち上がることができない
肺水腫は緊急性が高い病気で、数時間以内に命を落とすこともあるため、早急に対応することが重要です。
血栓塞栓症
血栓塞栓症とは、心臓内にできた血のかたまり(血栓)が血管を詰まらせる疾患で、末梢の臓器障害を引き起こします。特に肥大型心筋症を持つ猫に多く見られ、外腸骨動脈と内腸骨動脈の分岐部(後ろ足の血管)で詰まることがよくあります。
血栓が血管を塞ぐと、後肢に血流が届かなくなるため、麻痺や強い痛みを引き起こすことがあります。症状は突然現れることが多く、以下のような異常が見られる場合は血栓塞栓症の可能性があります。
- 急に歩けなくなる
- 後ろ足をひきずる、動かない
- 後ろ足に触ると、強い痛みを感じている
血栓塞栓症は突然発症することがほとんどのため、異変を感じたらすぐに獣医さんに相談しましょう。
猫の心臓病の検査と治療

猫の心臓病は早期発見が重要で、適切な検査を行うことで病状の詳細を確認し、治療の方針を決定できます。ここでは、代表的な検査方法と治療について解説します。
猫の心臓病の検査方法
心臓病の診断には、複数の検査を組み合わせて正確な評価を行うことが重要です。一般的に以下の検査が行われます。
- 聴診:心雑音や不整脈の有無を確認する。
- レントゲン検査:心臓の大きさや肺の状態を確認し、胸水や肺水腫の有無を調べる。
- 心エコー検査(超音波検査):心臓の構造や機能、血流の状態を評価する。
- 血液検査:NT-proBNP値(心臓バイオマーカー)を測定し、心臓の負担やダメージ度合いを評価する。心筋症の早期発見にも有用。
猫の心臓病の治療方法
猫の心臓病の治療は、病気の種類や進行度合いによって異なります。症状を管理し、心臓への負担を軽減するために、主に以下の薬物療法が行われます。
- 降圧剤(ACE阻害薬など):血管を広げ、血圧を下げることによって、血液が循環しやすくなる。
- 強心薬:血管を広げかつ強心作用があり、症状の軽減に有効
- β遮断薬:心臓の過度な興奮を抑える。
- 利尿薬:全身の血液量を減らし、心臓にかかる負担を減らす。また、肺水腫などを併発している、もしくは起こしたことがある場合、余分な水分を尿として排出して呼吸を楽にする。
- 抗血小板薬:合併症である血栓塞栓症の予防に使用される。
これらの薬を適切に組み合わせることで、猫の心臓病の進行を抑え、症状を軽減します。
心臓病にかかった猫のケア方法

心臓病と診断された猫にとって、日々のケアは治療と同じくらい重要です。適切な管理を行うことで、病気の進行を抑え、猫が快適に過ごせるように努めましょう。ここでは、家庭でできる基本的なケア方法について解説します。
定期的に検診を受ける
心臓病は一度発症すると完治が難しいため、定期的な検診を受けることが重要です。検診で、病気の進行状況や治療の効果を確認し、今後の治療方針を決定するうえでも重要です。
また、定期検診を受けることで、症状が悪化する前に適切な対応を取ることができます。特に病気の初期段階では目立った症状が少ないため、定期検診を習慣化することで猫の健康を守ることにつながります。
塩分が少ないフードを選ぶ
猫の心臓にかかる負担を軽減するためには、塩分(ナトリウム)を抑えた食事管理を行いましょう。塩分を過剰に摂取すると身体内に余分な水分がたまりやすくなり、心臓に負荷をかけてしまう可能性が高まります。
心臓病の猫には、塩分を控えつつ、タウリン、EPA、DHAなどの栄養素を含んだでんぷんの少ないフードを選ぶと、心臓の機能をサポートできると言われています。猫に適した食事はそれぞれ異なるため、獣医さんと相談しながら適切な食事を決めましょう。
体重管理を行う
肥満は心臓に大きな負担をかけるため、適切な体重管理が重要です。太りすぎると、心臓病だけでなく高血圧・糖尿病・関節疾患などの病気を発症する可能性も高くなります。
そのため、バランスの取れた食事を意識しながら、体重を維持することが必要です。獣医さんと相談しながら無理のない体重管理を行いましょう。
猫の心臓病の発症リスクを低減させる方法

心臓病は、どのような猫でも発症する可能性があるため、日常的なケアや環境の工夫によって発症する可能性を少しでも減らすことが重要です。飼い主さんが意識的に予防策を取り入れることで、猫の健康を守ることができます。ここでは、発症を防ぐために気を付けたい方法を解説します。
若いうちから定期的に健康診断を受ける
猫の心臓病は、初期症状がわかりにくく、飼い主さんが気付かないうちに進行することがある病気です。そのため、元気そうに見えていても、定期的な健康診断を受けることで健康状態を把握し、異常があれば早期に対処することが重要になります。
特に心筋症などの遺伝的要因がある猫種の場合は、定期的な検査を受けることで病気の早期発見が期待できます。
適切な食事管理を徹底する
猫の心臓の健康を維持するためには、バランスのよい食事が重要です。過食が続くと、体重が増え、高血圧・脂肪肝・糖尿病などの病気が発症しやすくなります。これらの疾患は心臓に大きな負担をかけるため、予防のために日々の食事習慣を見直しましょう。
また、塩分や脂肪分を抑えた食事を選ぶことで、心臓病の発症を抑える効果が期待できます。特にナトリウムを控えつつ、タウリン、EPA、DHAなどを含みでんぷんが少ないフードを意識すると、心臓の負担を減らすことができると言われています。
ストレスの少ない生活環境を整える
猫はとてもデリケートな動物であり、環境の変化や騒音などのストレスにも敏感です。ストレスが強い状況が続くと、自律神経が乱れ、心拍数や血圧が不安定になることがあります。これは心臓に悪影響を及ぼすため、猫がリラックスできる環境を整えることが重要です。
ストレスを軽減するための工夫として、静かで落ち着ける場所にベッドを用意したり、トイレや食事の場所を頻繁に変えないようにすることが有効です。こうした環境を整えることで、猫の心臓の健康を少しでも守ることができるでしょう。
遺伝的素因のある猫種の場合は特に注意する
特定の猫種は、心臓病を発症しやすい遺伝的な素因を持っていることが知られています。特に以下の猫種は、心筋症のリスクが高いため、注意が必要です。
- メインクーン
- ラグドール
- ノルウェージャン・フォレスト
- ペルシャ
- スコティッシュ・フォールド
- アメリカン・ショートヘアー
- 短毛種猫
これらの猫種を飼っている場合は、定期的な健康診断を受けるだけでなく、適切なケアを行い、病気を未然に防ぐ習慣を意識することが重要です。
まとめ

心臓は、全身に酸素や栄養などを届ける重要な臓器です。したがって、異常が生じると場合によっては、命に関わることもあります。
猫の心臓病は初期症状がわかりづらいため、異変を感じたら早めに受診することが重要です。心臓病は完治が難しい病気ですが、早期発見と適切な治療やケアを行うことで、快適に過ごせるようになる可能性があります。そのため、普段から猫の健康状態を注意深く観察し、定期的な健康診断を受けることを心がけましょう。
本記事が、愛猫の健康管理に役立ち、心臓病の予防や適切な対応の参考になれば幸いです。
参考文献
- Feline Heart Disease: Prevalance, risk factors and staging
- Feline hypertrophic cardiomyopathy: genetics, current diagnosis and management
- Feline heart-disease – an update
- Feline Heart Disease: Prevalance, risk factors and staging
- Retrospective study on feline heart disease in University Veterinary Hospital, Universiti Putra Malaysia (UVH-UPM) from 2013-2015
- The growing problem of obesity in dogs and cats
- Investigation of coagulation and proteomics profiles in symptomatic feline hypertrophic cardiomyopathy and healthy control cats
- ACVIM consensus statement guidelines for the classification, diagnosis, and management of cardiomyopathies in cats
- Management of obesity in cats