愛猫がいつもより頭を傾けていたり、耳をしきりに掻いていたりする、そんな様子に気付いたら、それは中耳炎のサインかもしれません。中耳炎は、放っておくと痛みや平衡感覚の異常、さらには深刻な後遺症につながることもある怖い病気です。愛猫の健康を守るためには、異常に早期に気付き、適切に対応することが重要です。
この記事では猫の中耳炎について原因や主な症状、治療法そして日頃からできる予防法まで、わかりやすく解説していきます。大切な家族の猫の異変を見逃さないために、ぜひ最後までお読みいただけたら幸いです。
猫の中耳炎とは
猫の中耳炎とは、耳の奥にある中耳と呼ばれる部分に炎症が起こる病気です。この中耳は、外耳道のさらに奥、鼓膜の裏側に位置しており、外から入ってきた音の振動を内耳へと伝えるという聴覚において非常に重要な役割を担っています。
しかし何らかの理由でこの中耳に膿や粘液が溜まると、音の伝達がうまくいかなくなるだけでなく痛みや不快感、圧迫感などの症状が現れることがあるかもしれません。猫の場合は、人間のように「耳が痛い」と口で伝えることができないため、異常に気づくには行動の変化を観察することが非常に大切です。
中耳炎の主な原因としては外耳炎の悪化が多く見られ、外耳道に起こった炎症が鼓膜を超えて中耳にまで達することで、感染が広がります。そのほかにも外から入った異物や耳にできたポリープ、アレルギー反応や慢性的な皮膚疾患、細菌や真菌(カビ)の感染などが引き金となるケースも報告されています。
初期のうちは軽度な不調で済むこともありますが、放置すると炎症が中耳を超えて内耳や神経にまで達してしまうかもしれません。そうなると、平衡感覚の著しい低下や顔面神経麻痺など、より深刻な症状へと進行してしまう可能性もあります。
また、特に注意すべきは慢性的な中耳炎です。一度炎症が治まったように見えても、実際には中耳に異常が残っていることがあり、それが長期にわたって猫の健康を脅かす原因になることもあります。慢性化してしまうと完治が難しくなり、繰り返す感染や聴力低下、外科的治療の必要性にまで発展してしまうかもしれません。
だからこそ、飼い主としては少しでもいつもと違うなと感じたときに、早めに動物病院を受診することが何より大切です。耳を気にしている様子があったり、いつもより元気がなかったりする場合、それは体が発しているサインかもしれません。
猫の中耳炎の原因
猫の中耳炎の原因として多いのは、外耳炎が悪化して中耳にまで炎症が広がるケースです。ほかにもいくつか原因があるので、順番に説明していきます。
外耳炎の悪化
猫の中耳炎の多くは、外耳炎が進行することで発症します。外耳炎とは、耳の入り口から鼓膜までの外耳道に炎症が起こる状態です。細菌や真菌、耳ダニ、アレルギー反応などが原因となります。
初期段階では耳を掻き、赤みや耳垢の増加といった軽度な症状が見られるでしょう。適切に治療されないまま放置すると、炎症が奥へと広がり、やがて鼓膜を越えて中耳にまで達します。
猫は痛みを隠す傾向があるため、外見からはわかりにくいことも多く、気付いたときにはすでに中耳炎へと進行しているかもしれません。慢性的な外耳炎は鼓膜を破損させたり、治療に時間がかかる難治性の中耳炎へと発展したりするリスクがあるため、早期の段階での対処がとても重要です。
上部呼吸器感染症
猫の中耳炎の背景には、上部呼吸器感染症が関係していることも少なくありません。特に子猫や保護猫に多い猫風邪はくしゃみや鼻水、眼やにの症状を引き起こしますが、これが耳管を通じて中耳へと感染が広がることがあります。
猫の耳と鼻はつながっているため、鼻咽頭で起きた炎症が耳管を通じて中耳に波及し、粘液がたまって中耳炎を発症します。特に免疫力が落ちている猫では、一度の風邪がきっかけで慢性的な中耳炎を抱えてしまうかもしれません。呼吸器症状が長引いている、あるいは片側の鼻づまりが続いている場合などは、中耳に炎症が及んでいる可能性もあるため早めに動物病院にかかりましょう。
炎症性ポリープ
猫の中耳炎の原因のひとつに、炎症性ポリープがあります。中耳や耳管、鼻咽頭の粘膜が炎症によって過剰に増殖し、ポリープ状になったものです。特に若齢の猫に多く、はっきりとした原因は解明されていないものの、慢性的な上部呼吸器感染や耳の炎症が背景にあるとされています。
なかでも鼻咽頭ポリープは鼻の奥から耳管、中耳へと広がることがあり、耳の通り道をふさぐことで分泌物がたまり中耳炎を引き起こします。ポリープの位置によっては呼吸がしづらくなったりいびきをかいたり、頭を傾ける、平衡感覚の異常などの症状が出ることもあるかもしれません。
治療には、ポリープの摘出とあわせて中耳の洗浄などが行われ、再発防止のためにも早期発見が大切です。
猫の中耳炎の症状
猫の中耳炎の主な症状には耳をしきりに掻く、頭を傾ける、頭を振るといった行動があります。進行するとふらつきや斜頸、片耳の聞こえづらさ、さらにお顔の筋肉の動きが鈍くなる神経症状が見られるかもしれません。
以下で順番に詳しく説明していきます。
猫の中耳炎でみられる症状
猫の中耳炎ではまず耳をしきりに掻く、頭を何度も振るなど、耳の違和感を訴えるような行動が見られます。触ろうとすると嫌がったり、痛みのせいで元気や食欲がなくなったりすることもあるでしょう。
さらに炎症が中耳から内耳にまで進むと、症状はより深刻になります。代表的なのは斜頸と呼ばれる首の傾きや、バランスを崩してふらつく様子、さらには片耳が聞こえづらくなるなどの聴力障害です。
また顔面の筋肉がうまく動かせなくなる顔面神経麻痺や、まぶたが下がり瞳孔が小さくなるホルネル症候群など、神経に関わる異常も見られることがあります。これらの症状が出ている場合は単なる外耳炎ではなく、より深部の中耳、内耳まで炎症が及んでいる可能性が高いため早めの診察と治療が必要です。
炎症が内耳に広がった場合の症状
炎症が中耳を越えて内耳に達すると、猫の体にはさまざまな異常が出てきます。内耳には耳石器や三半規管といった平衡感覚に関わる器官が存在しており、ここが障害されると、猫は自分の体の位置を正確に把握できなくなります。
その結果まっすぐ歩けない、物にぶつかる、急に転倒するといった動きの異常が見られるようになるかもしれません。また、寝ているときでも視線が揺れる眼振(がんしん)の症状が出ることもあり、内耳の障害を示すサインのひとつです。
炎症が神経に波及すると、片方の眼だけ瞬きが減る、表情が左右非対称になるなどの細かい変化が現れる場合もあります。いずれも見逃されやすい初期症状ですが、内耳炎の兆候ということを理解しておくことが、早期発見につながります。
中耳炎を放置する危険性
猫の中耳炎を放置してしまうと、見た目には落ち着いているように見えても、耳の奥で静かに病状が進行していきます。慢性化した中耳炎では、耳の中に膿や分泌物が長期間たまり続け、鼓室の粘膜や骨の組織にじわじわとダメージが蓄積されていきます。
その結果、耳の構造が変形し、手術が必要になるほどの状態になるかもしれません。また、慢性炎症によって耳の内部にポリープや腫瘍が形成されるリスクも高まり、再発を繰り返すやっかいな状態へと移行してしまうケースもあります。
さらに中耳のすぐ隣には脳があるため、極めてまれですが、炎症が脳に波及して命に関わる事態に発展するかもしれません。たとえ症状が一時的に落ち着いたように見えても、根本的な原因を治療しなければ危険が残ることを忘れないようにしましょう。
猫の中耳炎の診断
では、猫の中耳炎の診断はどのように行うのでしょうか。
順番に説明していきます。
耳鏡検査や耳内視鏡(オトスコープ)
猫の中耳炎を診断する際、まず行われるのが耳鏡検査です。獣医師が耳鏡という器具を使い、耳の穴の奥まで直接観察する方法で、外耳道や鼓膜の状態をチェックするのに有効です。腫れや耳垢、出血や異物の有無などを確認し、外耳炎や中耳炎の兆候をつかむための第一歩となるでしょう。
より詳しく耳の奥を調べる必要がある場合には、耳内視鏡(オトスコープ)が用いられます。先端に小型カメラがついた内視鏡で、耳道の中を高精度な映像で映し出すことができるため、鼓膜の状態やその奥の異常まで確認できます。特に猫は鼓室胞という複雑な構造を持っており、通常の観察では見えない場所まで確認できるのが大きな利点です。
耳垢検査
猫の中耳炎の診断や原因特定で、耳垢検査はとても重要な検査のひとつです。まずは綿棒などで外耳道から耳垢を採取し、それを染色して顕微鏡で詳しく観察します。この検査によって細菌や真菌(カビ)、耳ダニなどの寄生虫がいるかどうかを確認できます。
特に外耳炎や中耳炎はこうした微生物の感染が原因となるケースが多いため、耳垢検査で正確に病原体を特定することが、適切な治療につながるでしょう。
画像検査
猫の中耳炎を正確に診断するには、画像検査もとても重要な手段のひとつです。特に、外からは見えない中耳や内耳の状態を確認するには、X線(レントゲン)やCT、MRIなどの検査が役立ちます。
なかでもCT検査は鼓室胞と呼ばれる耳の奥の空洞部分を立体的にとらえることができ、炎症による粘液の貯留や骨の変形、ポリープの有無などを詳しく調べることができます。MRI検査は内耳や神経系に関わる異常を調べるのに優れており、神経症状が出ている猫には特に有効です。
初期の中耳炎では耳鏡や内視鏡での確認が中心となりますが、症状が慢性化している場合や、原因がはっきりしないときには画像検査によって見えない異常を発見できることがあります。負担はあるものの、麻酔を伴ってでも行う価値のある、正確な診断方法といえるでしょう。
猫の中耳炎の治療
猫の中耳炎の治療は、原因や症状の重さによって異なりますが、基本的には内科的治療と外科的治療の2本立てで進められます。
以下で詳しく説明していきましょう。
内科的治療
中耳炎の初期や軽度なケースでは、まず内科的治療が選ばれます。主に使用されるのは、細菌感染が疑われる場合の抗生物質や、真菌が原因とされるときの抗真菌薬です。炎症を抑えるための消炎剤や、痛みがある場合には鎮痛剤も併用されることがあります。
耳垢や分泌物が多い場合は、耳道内の洗浄を行い、清潔な状態を保ちます。耳内視鏡を使った洗浄も効果的で、鼓膜の状態を確認しながら処置が可能です。
外科的治療
内科的治療で改善が見られない場合や、鼓室胞内に膿がたまっている、ポリープが存在している場合には、外科的治療が選択されます。代表的なのが鼓室胞切開術で、鼓室内にたまった分泌物や病変を取り除く手術です。
また、鼻咽頭ポリープが原因の場合にはポリープの摘出術が必要になります。これらの手術は従来の開放手術に加え、近年ではビデオオトスコープ(VOS)を使用した方法も用いられています。VOSを使えば、中耳の内部を映像で確認しながら処置ができるため、再発リスクを抑えられるでしょう。
猫の中耳炎の予防と注意点
最後に、猫の中耳炎の予防と注意点を説明します。
順番に見ていきましょう。
日頃から耳をよく観察する
猫の中耳炎を予防するには、日頃から耳の状態をよく観察することが大切です。耳垢の量やにおい、赤み、かゆがる様子などをチェックすることで外耳炎の早期発見につながります。外耳炎を放置すると中耳炎へ進行するリスクがあるため、「少し変かも」と感じた時点で早めに動物病院へ連れていきましょう。
また、猫風邪などの上部呼吸器感染も中耳炎の原因になるため、ワクチン接種や体調管理も忘れずに行うのも大切です。
過度な耳掃除に注意する
猫の耳には本来、耳垢を自然に外へ排出する自浄作用があります。しかし、過度な耳掃除はこの自浄作用を妨げ、かえって耳の健康を損なう可能性があります。少量の耳垢は生理的なものであり、無理に取り除く必要はありません。
また綿棒やコットンを使った耳掃除は、耳道を傷つけたり耳垢を奥に押し込んだりしてしまうリスクがあるため、避けることが推奨されています。耳の汚れや異常が気になる場合は、自己判断で掃除を行わず、獣医師に相談することが大切です。
まとめ
猫の中耳炎は、外耳炎の悪化や上部呼吸器感染が引き金となって発症することが多く、初期の段階では飼い主さんが気付きにくいこともあります。元気そうに見えていても、耳の奥では炎症がじわじわと進んでいるかもしれません。
治療せずに放置してしまうと炎症が内耳や神経にまで広がり、バランス感覚の異常、お顔の筋肉がうまく動かせなくなるなど深刻な症状が現れる可能性があります。だからこそ、普段から耳の様子をよく見てあげることが大切です。
耳をしきりに掻く、頭をよく振る、耳垢がいつもより多いかもしれない。そんな変化に気付いたら、様子見で済ませず、早めに動物病院を受診しましょう。「なんとなく気になる」その小さな違和感こそが、猫からの大切なサインかもしれません。
参考文献