緑内障は、愛犬の視力を脅かす深刻な病気です。初期症状はほとんどなく、知らない間に進行し、気づいた時には手遅れとなっているケースも少なくありません。そのため、早期発見が非常に重要です。早期に発見し、適切な診断とケアを施すことによって、愛犬の視力を守ることができます。本記事では、犬の緑内障の原因や症状、診断方法から治療方法、日常生活での予防策まで、詳しく解説しています。緑内障はどの犬にも関わりのある病気ですので、ぜひ目を通してみてください。
犬の緑内障について
ここではまず、犬の緑内障についての概要やその種類などについて解説します。
緑内障とは何か
緑内障は、視神経に障害が生じ、その結果、視野が狭くなってしまう病気です。視神経とは、目で受け取った情報を脳へと伝える重要な役割を果たしています。
犬における緑内障は、この視神経、とくに網膜神経節細胞やその軸索(神経細胞の一部)に障害が生じることによって発症します。これらの障害はさまざまな要因によって引き起こされるため、緑内障はさまざまな疾患をあわせ持つ病気群と考えられています。
適切な診断と迅速な治療が行われない場合、急速に視力を失うことにつながる救急疾患です。また、たとえ正確な診断と適切な治療が施されたとしても、多くの場合最終的には失明に至る可能性が高い、難治性の病気です。
ただし、点眼薬の開発や手術技術の進歩により、かつてに比べて視覚をより長期間保持することが可能になっています。
なぜ緑内障が起こるのか
緑内障が発症する主な原因は、眼内圧、すなわち目の内部の圧力が正常範囲を超えて上昇することです。この眼内圧は、目の内部にある液体、房水の量によって決まります。
房水は目の内部で生成され、隅角と呼ばれる部分を通じて目の外へ排出されます。正常な状態では、房水の生成量と排出量がバランスを保っていますが、このバランスが崩れると眼内圧が上昇し、視神経にダメージを与えることになります。
人間では、眼圧の上昇を伴わない状態で視神経が障害されることがあり、これを正常眼圧緑内障と呼びます。一方、犬においては、眼圧の上昇が視神経障害を引き起こす主要な危険因子とされており、犬における緑内障の多くは、眼圧の異常な上昇によって発症します。
ただし犬においても、眼圧が正常範囲内であるにもかかわらず緑内障を発症するケースは報告されています。
緑内障によって引き起こされる視神経の障害は不可逆的であり、一度視神経が損傷され、失明に至った場合、視力を回復させることはできません。
緑内障の種類
緑内障はその原因によって、先天緑内障、原発緑内障、そして続発緑内障の大きく三つに分類されます。この分類は治療の選択肢を決めたり、病気の予後を評価したりする上で重要な意味を持ちます。
・先天緑内障
房水の流出路が正常に形成されないことによって生じる緑内障で、犬においては比較的まれな状態です。このタイプの緑内障は、生まれつきの異常によって引き起こされます。
・原発性緑内障
原発性緑内障は、発症を引き起こすような明確な基礎疾患が存在しない状態で眼圧が上昇するタイプの緑内障です。多くの犬種で遺伝的要因が強く関与しているとされ、両眼に発症します。
特定の犬種が、原発性緑内障の発症にとくに高い傾向を示すことでも知られています。例を挙げると、アメリカンコッカースパニエル、バセットハウンド、チャウチャウ、シャーペイ、ボストンテリア、ワイヤーフォックステリア、ノルウェジアンエルクハウンド、シベリアンハスキー、ケアンテリア、ミニチュアプードルなどです。
また原発性緑内障は、主に中齢から高齢の犬(3歳から12歳、平均は8歳)に見られます。
原発性緑内障はさらに、隅角の形状に基づいて、開放隅角緑内障と閉鎖隅角緑内障の二つに細分されます。
開放隅角緑内障では、隅角自体に異常は見られないものの、房水の流出路である線維柱帯の生化学的代謝異常が房水の排出を妨げ、結果的に緑内障を引き起こします。一方、閉鎖隅角緑内障は、隅角が狭くなるか完全に閉塞することで房水の流出が妨げられ、緑内障に至るもの。犬では最も多く見られるタイプです。
これらはそれぞれ特有の治療法が必要とされ、犬の健康状態や緑内障の進行度に応じて治療計画を立てる必要があります。
・続発緑内障
他の基礎疾患が原因となって眼内圧が上昇し、結果として房水の流出障害が物理的に生じて発症する緑内障です。
続発緑内障の原因となる基礎疾患には、水晶体の異常(水晶体脱臼や膨張白内障)、ぶどう膜炎(眼の内部の炎症)、眼内腫瘍、裂孔原性網膜剥離(網膜が正常な位置から剥がれること)などがあります。
犬における続発性緑内障の約80%は、白内障や水晶体由来のぶどう膜炎と関連があると報告されています。
犬の緑内障の原因
犬の緑内障には、いくつかの種類があることを説明しました。これらを引き起こす原因は多岐にわたります。まとめてみました。
遺伝的な要因
犬の緑内障において、遺伝的要因は無視できない要素です。とくに原発性緑内障の場合、多くの犬種で遺伝的傾向が認められ、特定の遺伝子変異が緑内障のリスクを高めることが明らかにされています。
目の怪我や他の疾患
目に怪我をしたり、他の眼の疾患があったりする場合、緑内障を発症するリスクが高まります。
とくにぶどう膜炎や水晶体の異常など、眼内の炎症を伴う疾患は、眼圧の上昇を引き起こしやすいことから、発症リスクが高まります。また、目の外傷が原因で房水の流出経路が阻害されることも、緑内障の一因となり得ます。
加齢による影響
加齢も緑内障の発症リスクを高める要因の一つです。犬が年を取るにつれて、眼の構造や機能に変化が生じることがあり、これが眼圧の異常上昇や房水の流出障害を招くことがあります。
影響を受けやすい犬種
犬の緑内障は、特定の犬種によく見られる傾向があります。上述したアメリカンコッカースパニエルやバセットハウンド、チャウチャウなどは、緑内障を発症しやすい犬種の一例です。これらの犬種の飼い主は、緑内障の早期発見と予防のために、とくに注意を払う必要があります。
症状と診断の流れ
犬が緑内障を発症した場合の症状と、診断の流れを説明します。
緑内障の初期症状
緑内障は初期段階では自覚症状がほとんどなく、発症初期に飼い主が気づくことはとても難しいです。
しかし病気が進行するにつれ、いくつかの兆候が現れ始めます。具体的には、眼瞼痙攣(目を細める)、結膜充血(目の赤み)、上強膜の充血やうっ血、角膜浮腫(角膜のむくみ)などです。
また、元気がなくなったり、食欲が落ちたりするといった全身状態の低下が見られる場合もあります。
緑内障が進行した時の症状
緑内障がさらに進行すると、水晶体の部分的または完全な脱臼、角膜内に見られる「角膜線状痕」など、より特異的な症状が現れます。さらに眼圧が40mmHg以上に上昇すると、顔や頭部を触られるのを嫌がるほどの痛みが伴います。
末期になると、視覚の喪失だけでなく、散瞳(瞳孔の異常な拡大)、牛眼(極度に大きな眼)、デスメ膜の破裂、視神経乳頭の陥没など、長期にわたる眼圧上昇による重大な変化が生じます。
これらの末期症状が見られるようになった時点で治療を始めても、視力を維持することは難しいでしょう。
緑内障の診断の流れ
緑内障の診断過程では、眼圧の測定が中心となります。犬や猫において正常とされる眼圧は15~25mmHgの範囲内であり、30mmHg以上を示す場合、緑内障である可能性が高いと考えられます。
緑内障のタイプを特定するため、一般的な眼科検査に加えて隅角鏡検査が行われることもあります。隅角鏡検査とは、房水の流出経路である隅角の状態を観察するための検査です。
しかし多くの緑内障患者には角膜の浮腫による混濁がみられ、隅角鏡検査の実施が難しい場合もあります。そのような場合には、反対側の眼の隅角が狭窄角または閉鎖隅角であれば、原発性緑内障の可能性が疑われます。
犬の緑内障の治療方法
緑内障の治療には、内科的治療と外科的治療の大きく二種類があります。治療の選択は、緑内障の進行状態や視覚の有無などに基づいて行われます。
薬物療法
内科的治療(薬物療法)には、点眼薬を用いる方法と薬剤を全身に投与する方法の二種類があります。
・点眼
眼圧を下げるための主な手段として、房水の産生を抑制する薬剤と房水の流出を促進する薬剤があります。
房水産生を抑制する薬には、交感神経β受容体遮断薬(例:リズモン点眼液)や炭酸脱水素酵素阻害薬(例:トルソプト点眼液)があります。これらの薬剤は副作用が少なく、幅広いタイプの緑内障に適用可能であり、使用が比較的容易です。ただし、高眼圧や慢性期の緑内障においては、これらの薬だけで目標とする眼圧に達するのが難しい場合があります。
房水流出を促進する薬には、副交感神経刺激薬(例:サンピロ点眼液)、プロスタグランジン関連薬(例:ラタノプロスト点眼液)、交感神経α1受容体遮断薬(例:デンタトール点眼液)などがあります。
とくにプロスタグランジン関連薬は原発閉鎖隅角緑内障に対して高い眼圧下降効果を示し、使用後30分程度で効果が現れます。しかし犬に対して強力な縮瞳作用があり、ぶどう膜炎を悪化させるリスクがあるため、炎症を伴う緑内障では注意が必要です。
・全身投与
眼圧を下げるために全身に薬剤を投与する方法もあります。これには、炭酸脱水素酵素阻害薬(例:アセタゾラミド)の内服や、高浸透圧利尿薬(例:マンニトール、グリセロール)の静脈投与などが挙げられます。これらの薬剤は急性期に緊急的に眼圧を下げる目的で使用されることがあります。
炭酸脱水素酵素阻害薬は、房水の産生を抑制することで眼圧を下げます。しかし元気の消失や呼吸促迫が見られることがあり、これらの副作用には注意が必要です。
一方、浸透圧利尿薬は、硝子体の容積を減少させることで、閉塞していた隅角を開いて房水の流出を促し、眼圧を下げる作用があります。とくに原発閉塞隅角緑内障の急性期において、緊急的な眼圧の低下を目的として使用されます。
ただし、ぶどう膜炎などで血液房水関門の機能が損なわれている場合は、期待通りの効果が得られない場合もあります。
薬で眼圧がコントロールできない場合の治療
薬で眼圧がコントロールできない場合は、外科的治療法が用いられます。これには、房水流出を促進させる手術と房水産生を抑制する手術があります。
視覚が保たれている緑内障には房水流出を促進する手術が、視覚が失われた緑内障には房水産生を抑制する手術が適用されます。
・前房シャント術
房水の流出を助けるためのインプラントを前房内に設置し、眼圧を下げる方法です。視覚が残っている緑内障に対して広く行われています。
・毛様体光凝固術
レーザーを使用して毛様体を破壊し、房水の産生を抑制することで眼圧を下げる手術です。
予防と日常生活でできること
このように、緑内障は高い確率で犬を失明に至らせる、大変怖い疾患です。
愛犬の視力を守るため、緑内障を予防する方法はあるのか。また、そのために日常生活でできることはあるのかを解説します。
緑内障の予防方法
結論から言うと残念ながら、緑内障の明確な予防方法は存在しません。
しかし原発性緑内障に関しては、片目が緑内障になった場合、もう片方の目も将来的に緑内障を発症するリスクが高まります。そのため予防的な意味で、緑内障になっていない目に対する点眼治療を行うことがあります。
有効な予防策がないため、とくに緑内障を起こしやすいとされる犬種(例えばアメリカンコッカースパニエル、シーズー、ビーグル、柴犬など)においては、定期的な眼科検査を受け、早期発見に努めることが重要です。
リスクを減らすためにできること
緑内障の発症や進行を防ぐために、飼い主ができることは限られています。実際に、飼い主が犬の様子を日頃から注意深く観察していても、緑内障が発症する前にその兆候を捉えることは難しいのが実情です。
そのため、動物病院での定期検診が重要になります。とくにリスクが高いとされる犬種では、眼圧検査を含む緑内障検査を定期的に行いましょう。そうした日々の努力や工夫が、早期発見につながります。
定期健診によって眼圧の異常な上昇を早期に発見できれば、適切な管理や治療を開始することが可能です。そうすることで病気の進行を遅らせ、視力をできるだけ長く保つこともできるでしょう。
総じて、緑内障のリスクを管理するには定期的な眼科検査が不可欠であり、異常を発見した場合はすぐに専門の獣医師の診察を受けることが最良の方法と言えます。
編集部まとめ
犬の緑内障は症状に気付きにくく、失明の可能性がある恐ろしい病気です。視力を失わないために、何よりも早期発見と適切な治療管理が重要です。特に好発犬種では、発症が増加する6、7歳くらいになったら、目の定期健診をお勧めします。また日ごろからスキンシップを兼ねて、目の様子もチェックするようにしましょう。