犬の子宮がんとは?検査・治療法、腫瘍との違いや予防法を解説

犬の子宮がんとは?検査・治療法、腫瘍との違いや予防法を解説

犬の子宮に発生する腫瘍は発生頻度がとても低く、すべての犬に発生する腫瘍疾患のうちわずか0.3~0.4%程度とも報告されています。このようにまれな疾患である背景には、若いうちに避妊手術を受ける犬が多いことが関係しています。避妊をしていない中高齢のメス犬では子宮腫瘍が発生する可能性があり、良性の場合も悪性の場合もあります。本記事では、愛犬の子宮がんについて、基礎知識から症状、腫瘍とがんの違い、検査や診断方法、治療法、予後、そして予防策まで詳しく解説します。

参照:
Unusual Necrotizing Uterine Adenocarcinoma in a Dog

犬の子宮がんの基礎知識

犬の子宮がんの基礎知識

犬の子宮にできる腫瘍はまれですが、発生すると良性から悪性までさまざまなタイプがあります。

犬の子宮がんの概要

子宮にできる腫瘍には良性と悪性がありますが、子宮がんとは一般に悪性の腫瘍が子宮にできた場合を指します。犬の子宮腫瘍は大変まれですが、発生した場合、その多くは良性の平滑筋腫(へいかつきんしゅ)と呼ばれる腫瘍とされています。平滑筋とは子宮など内臓の壁を構成する筋肉組織であり、平滑筋腫はその平滑筋の細胞が増殖した腫瘍です。このほか子宮に発生する悪性腫瘍として、腺がん(せんがん)や線維肉腫(せんいにくしゅ)、平滑筋肉腫などがあります。なお、良性か悪性かは手術で摘出して病理組織検査を行わないと最終的な判断はできません。避妊手術が広く普及した現代では子宮がんは珍しい疾患ですが、避妊していない高齢犬では注意が必要な病気の一つです。

犬の子宮がんの症状

犬の子宮がんは初期には目立った症状が現れないことが多く、症状がないまま偶然見つかることも少なくありません。例えば、高齢になってから避妊手術を受けた際や、子宮蓄膿症の治療で卵巣子宮摘出手術を行った際に、取った子宮に腫瘍が見つかることもあります。また、子宮がんそのものによる症状が現れにくいため、子宮にできたがんがほかの臓器へ転移した後になって、転移先の症状で発覚することもあります。このように子宮がんは気付きにくいため、見つかったときにはすでに進行してしまっていることも少なくありません。

症状が現れる場合、代表的なものは陰部からの膣分泌物(おりもの)です。その場合、血液が混じったおりものが出ることがあります。そのほか、食欲不振や元気消失、進行すると体重減少が見られることがあります。腫瘍がかなり大きくなると、お腹(下腹部)が膨れて見えることや、腹部を触ると嫌がったり痛がったりする様子(腹部不快感)が見られる場合もあります。腫瘍が骨盤内で大きく成長した場合には、腸や尿路が圧迫されて便秘や排尿困難を引き起こすこともあります。

以上のような症状は子宮がん以外の疾患でも起こり得ますが、おりものの異常お腹のハリなど気になる症状がある場合は早めに動物病院で診察を受けましょう。

犬がかかる子宮がんの種類

犬の子宮にできる腫瘍には良性と悪性があります。前述のとおり良性の平滑筋腫が多くを占め、悪性腫瘍は発生自体が少ない傾向にあります。子宮がんとして報告されている主な悪性腫瘍には、平滑筋肉腫のほか、子宮内膜の腺細胞ががん化した子宮腺がん、子宮の結合組織にできる子宮間質肉腫、リンパ組織由来の悪性リンパ腫、さらには複数の組織が混在した複合がんなどがあります。これらは犬では極めて発生頻度が低く、文献報告レベルのまれな症例です。

犬の子宮にできやすい腫瘍

犬の子宮にできやすい腫瘍

犬の子宮に発生する腫瘍のなかでも、多くを占めるのは良性の平滑筋腫です。それぞれの特徴や違い、発症しやすい年齢や背景要因、そして腫瘍とがんの違いについて理解しておくことは、早期発見や予防のために役立ちます。

平滑筋腫、平滑筋肉腫

平滑筋腫と平滑筋肉腫は、いずれも子宮の平滑筋(内臓の平滑筋組織)から発生する腫瘍です。平滑筋腫は良性の腫瘍で、大きくなってもしこりが周囲に浸潤せず、ほかの臓器に転移することもありません。

一方、平滑筋肉腫は悪性の腫瘍で、細胞が無秩序に増殖して周囲組織へ侵食して広がり、血流やリンパ流に乗ってほかの臓器に転移する可能性があります

診断のためには摘出手術を行い、病理組織検査の結果で平滑筋腫か平滑筋肉腫かを評価することになります。なお、良性の平滑筋腫であれば手術で摘出すればそれで完治しますが、悪性の平滑筋肉腫の場合は他臓器への浸潤や転移の有無などにより治療後の経過が異なります。肉腫であれば経過は不良の可能性が高いといえます。

発症しやすい年齢や要因

犬の子宮がんははっきりとした原因が解明されていない病気です。遺伝的な素因や環境要因など、さまざまなリスク因子が複雑に関与していると考えられています。一般的には、避妊手術を受けていないメス犬で、中高齢になってから発生します。

避妊手術をせず毎回発情を迎えている期間が長いほど、子宮に繰り返し女性ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)の刺激が加わるため、子宮内膜の過形成などが起こりやすくなります。しかしながら、犬の避妊手術が普及した現代においては、若い頃に卵巣と子宮を摘出してしまうことが多く、そもそも子宮疾患を発症することはまれです。現時点でリスク因子や発症予防因子がはっきりしていないこともあり、あらかじめ避妊手術を行っておくことが一番の予防です。

腫瘍とがんの違い

腫瘍とは、身体の中にできる塊状の異常細胞増殖の総称で、良性のものと悪性のものが含まれます。一方で、がんという言葉は、一般に悪性の腫瘍だけを指します。したがって、腫瘍がすべてがんではなく、腫瘍のうち悪性のものががんである点に注意が必要です。子宮にできる腫瘍の場合も、良性なら単に腫瘍もしくは良性子宮腫瘍と呼ばれ、悪性であれば悪性子宮腫瘍か子宮がんと呼ばれます。

犬の子宮がんの検査・診断

犬の子宮がんの検査・診断

犬の子宮がんを正確に診断するためには、身体検査や画像検査、そして病理組織学的検査が欠かせません。ここでは、子宮がんが疑われた場合に行われる検査の内容や診断の流れについて解説します。

子宮がんの検査内容

犬の子宮がんが疑われる場合、獣医師は総合的な検査を行って診断に臨みます。まず身体検査と触診では、お腹のしこりの有無や痛みの反応などを確認します。次に画像検査としてX線検査(レントゲン)超音波検査(エコー)を行い、子宮の大きさや腫瘤の有無、ほかの臓器への異常がないかを調べます。腫瘍が小さい場合はレントゲンでは写らないこともありますが、超音波検査では子宮壁の肥厚を評価でき、内部のしこりも発見できる可能性があります。必要に応じてCT検査なども用いて、腫瘍の詳しい位置や他臓器への転移の有無を精査することもあります。

子宮がんの診断基準

画像検査や触診で子宮にしこりや腫瘍が見つかった場合でも、それが悪性の子宮がんかどうかを判断するには病理検査による確認が必要です。診断の決め手となるのは、摘出した腫瘍組織を専門の病理医が顕微鏡で調べる病理組織学的検査です。この検査によって腫瘍の細胞の性質が判別され、良性の平滑筋腫なのか、悪性の子宮がんなのかが確定します。病理検査では腫瘍の悪性度の見立てもつくため、今後の治療方針や予後の見通しを立てるのに役立ちます。

また、子宮がんと診断された場合には病期(ステージ)の評価も重要です。悪性腫瘍が子宮だけに留まっているのか、それともほかの臓器に転移しているのかで治療法や予後が大きく変わるためです。そこで、必要に応じて胸部X線検査腹部超音波、CTなどを行い、全身における腫瘍の広がりをチェックします。こうした得られた情報をもとに、手術の可否や追加治療の必要性などを総合的に判断します。

子宮がんの治療方法

子宮がんの治療方法

犬の子宮がんの治療は、主に外科手術が第一選択です。場合によっては薬物療法や放射線治療が検討されることもあります。それぞれの治療法の特徴や適応について理解しておきましょう。

外科手術(卵巣子宮摘出術)

卵巣子宮摘出術(避妊手術)は、子宮腫瘍の診断兼治療法として基本かつ有効な方法です。子宮にできた腫瘍が良性であれば、卵巣と子宮を外科手術で完全に摘出することで根治(完治)が期待できます。悪性の子宮がんの場合でも、腫瘍が子宮内に限局していて完全に取り切れるのであれば、手術後の経過は良好であることが多いです。卵巣子宮摘出術では腹部を開いて子宮と卵巣を取り除きますが、その際に腹腔内をくまなく調べ、ほかの臓器への転移巣や異常がないかも確認します。もし怪しい病変が認められた場合は、その場で追加の生検も行います。術中に周囲のリンパ節を切除したり、転移巣を可能な範囲で切除したりすることもあります。

薬物療法(抗がん剤など)

抗がん剤治療(化学療法)は、犬の子宮がんに対してはあまり一般的ではありません。現時点で、動物の子宮がんに対する抗がん剤や放射線の有効性についてはあまり報告がなく有効性が明らかでないのが現状です。しかし、腫瘍の悪性度が高い場合や血管およびリンパへの浸潤が強い場合には、人の治療方法に準じた抗がん剤治療が検討されることもあります。抗がん剤の使用には強い副作用が伴うため、実施は腫瘍科専門獣医師と相談しながら慎重に行う必要があります。

放射線治療

放射線治療は、犬の子宮がん治療としては実施例が少ないのが現状です。子宮に発生する腫瘍は放射線に対する感受性があまり高くないと考えられており、手術に比べ標準的な治療とは位置付けられていません。実際問題として、専用の放射線治療設備を備えた動物医療施設は限られており、また高齢の動物に何度も麻酔をかけて放射線照射を行う負担も大きいため、子宮がんの症例で放射線治療を実施することはごくわずかです。基本的には外科手術が第一選択であり、放射線は特殊な状況下での補助的手段と考えられます。

例外的に、腫瘍がとても大きく手術ですぐに摘出できない場合には、先に放射線治療を行って腫瘍を縮小させ、その後にあらためて外科的に摘出するというアプローチもあるかもしれません。専門の病院で相談しましょう。

子宮がんの予後

子宮がんの予後

犬の子宮がんの予後は、腫瘍の種類や進行度、手術での切除範囲などによって大きく変わります。

治療後の経過

犬の子宮がんの予後は、悪性腫瘍が完全に摘出できたか転移があるかどうかによって大きく異なります。もちろん良性の子宮腫瘍であれば、手術で卵巣と子宮を摘出後に再発することはありません。

悪性の子宮がんであっても、腫瘍が限局していて手術で完全切除できた場合には、長期の生存が期待できます。しかし、腫瘍が転移・浸潤していた場合や結果として腫瘍を完全に摘出できなかった場合は予後は不良となります。子宮からほかの臓器へがんが広がっていた場合は外科手術をしても根治は難しく、内科的な対症療法や緩和ケアが中心となることもあります。

再発防止のための注意点

犬の子宮腫瘍の再発リスクは、良性腫瘍か悪性腫瘍かで大きく異なります。

良性の子宮腫瘍の場合、卵巣子宮摘出術で病変部ごと子宮を完全に取り除けば再発することはありません。子宮そのものを取り去ってしまうため、同じ場所に再び腫瘍ができる心配はないのです。

悪性の子宮がんの場合は、手術後も経過観察が重要です。手術で見える腫瘍をすべて取り切ったとしても、目に見えないレベルでがん細胞が体内に残っている可能性があるからです。そのため、術後は主治医の指示にしたがって定期検診を受け、胸部レントゲンや腹部超音波などで転移の再発がないか確認していきます。再発を予防することはできませんが、万が一の再発を早めに見つけることで、つらさに適切に対処していくことを目指すことになります。

子宮がんができやすい犬種と予防する方法

子宮がんができやすい犬種と予防する方法

犬種による発生率の差は少ないとされますが、避妊手術によって子宮がんはほぼ完全に予防できます。

子宮がんができやすい犬種

基本的には犬種による大きな差はないと考えられており、現在のところ特定の犬種で子宮がんの発生率が高いという報告はありません。子宮がん発生に関与する遺伝的背景は明確には解明されておらず、少なくとも一般的な犬種については顕著な好発傾向は認められていません。

避妊手術による子宮がん予防

避妊手術は子宮がんを予防するために大変効果的な方法です。卵巣と子宮を摘出してしまえば基本的に子宮腫瘍は発生しないため、繁殖の予定がない場合は、若いうちに避妊手術を受けましょう。避妊手術自体は全身麻酔下の外科手術なのでリスクがゼロではありませんが、若く健康な時期であれば安全性も高く、将来の病気予防の恩恵は大きいでしょう。愛犬の子どもを迎える予定がない場合は、ぜひ主治医と相談のうえで適切な時期に避妊手術を検討してください。

そのほかの子宮がん予防方法

避妊手術以外に子宮がんの予防策は知られていません。子宮がんは一部の特殊な例を除き明確な原因が特定できていないため、食事や生活環境で直接予防する方法はないのが現状です。そのため、子宮腫瘍を発症していないか、健康診断を受けることが大切です。すでに述べたように子宮腫瘍は無症状で進行することが多いため、検診や避妊手術で偶然見つかる以外に発見することが多くないとされています。

まとめ

まとめ

犬の子宮腫瘍は、あまり多くない病気です。避妊手術を受けている犬では子宮腫瘍になることはありませんが、避妊していない高齢のメス犬ではまれに発症することがあります。初期には症状がほとんどなく見逃されやすく、偶然あったとしても悪性でないことも多いですが、良性悪性の判定には摘出手術が必要です。定期的に健康診断を受けるだけでなく、早めの避妊手術などによる発症予防も検討しましょう。日頃から愛犬の様子を観察し、少しでも異変があれば早めに受診することが大切です。

参考文献