愛犬の様子を見て「最近なんだか元気がない?」、「皮膚が弱くなった気がする」、「抜け毛が増えた」などの症状を感じたことはありませんか? もちろん加齢が原因というケースもあるかもしれません。しかし、なかにはホルモンの過剰分泌が原因で起こる「クッシング症候群」に罹患しているせいかもしれません。また、猫の場合も比較的稀ですが、予後不良が原因でクッシング症候群にかかるケースがあります。クッシング症候群とは、どのような病気なのでしょうか。現れやすい症状や罹患する原因、その治療法などを詳しくお伝えしていきます。
犬のクッシング症候群について
犬のクッシング症候群とは、どのような病気なのでしょうか。
クッシング症候群とは
クッシング症候群は、別名「副腎皮質機能亢進症(ふくじんひしつきのうこうしんしょう)」と言い、犬だけでなく人間や猫も罹患することがある内分泌系疾患のひとつです。体内にある「副腎(ふくじん)」という臓器はいくつかのホルモンを分泌していますが、そのうちのひとつ「コルチゾール」が過剰分泌することで発症します。
副腎は腎臓のすぐ近くにある、落花生のような形をした小さな臓器です。中心部の「髄質(ずいしつ)」と、外側の「皮質(ひしつ)」に分かれており、副腎皮質でコルチゾールを含む「副腎皮質ホルモン(ふくじんひしつほるもん:別名「ステロイドホルモン」)」が作られています。コルチゾールは「抗炎症作用」、「免疫の抑制」、「質や脂質、タンパク質の代謝」、「血圧の維持」などの働きをしているため、本来であれば生命維持に欠かせないホルモンです。しかし、なんらかの理由によりコチゾールが過剰分泌されてしまうと、代謝異常や免疫力の低下などが生じて健康に悪影響が出てしまいます。
クッシング症候群の症状
クッシング症候群にはいくつかの特徴的な症状があります。
- 多飲多尿
- 毛が抜ける
- 色素沈着して皮膚が黒ずむ
- 皮膚が薄くなり、血管が目立つようになる
- 筋力が低下し、歩きたがらない
- 呼吸が速く、苦しそうにしている
- 食欲が増す
- おなかが膨れる
また、前述の通りコルチゾールは免疫機能にも作用するため、クッシング症候群に罹患すると免疫力が低下し、ほかの病気を併発する可能性も考えられるため注意が必要です。
犬のクッシング症候群の原因
クッシング症候群の原因は「コルチゾールの過剰分泌」とお伝えしましたが、なぜ体内でコルチゾールが増えてしまうのでしょうか。考えられる原因は3つあります。
脳下垂体の腫瘍
コルチゾールが体内で増える主な原因は、「脳下垂体(のうかすいたい)」の腫瘍です。罹患した原因のうち、80~90%が脳下垂体の腫瘍と言われています。
脳下垂体とは脳の真下にあり、さまざまなホルモンの分泌を指示している重要な器官です。脳下垂体から「副腎皮質刺激ホルモン(別名:ACTH)」が分泌されると副腎へ指令が届き、副腎からコルチゾールが分泌される仕組みになっています。そして、副腎から適切な量のコルチゾールが分泌されると、今度は脳下垂体へ「ネガティブフィードバック」が行われ、ACTHの分泌が止まります。このサイクルが正常に動いていれば、常にホルモンの分泌量が適切にコントロールされているということです。しかし、脳下垂体に腫瘍ができるとこのサイクルが機能しなくなります。その結果、ACTHが分泌され続け、体内にコルチゾールが過剰分泌されてしまうのです。
副腎の腫瘍
副腎に腫瘍ができ、コルチゾールの分泌が止まらなくなることがあります。脳下垂体からの指令は適切に出されているにもかかわらず、副腎に問題が生じたことで過剰分泌になっているパターンです。脳下垂体の腫瘍に比べると発症率は低く、10%程度と言われています。
ステロイド剤の投与に関連したもの
アレルギー症状や皮膚炎など、免疫が関係した疾患に効果的な「ステロイド薬」が医原性クッシング症候群の原因になることがあります。ステロイドは人間にも処方される薬のため、使用すること自体は問題ありません。しかし、この薬剤投与が過剰になると、体内で副腎皮質ホルモンの濃度が高まり、結果的にクッシング症候群と同じような症状が現れることがあります。なお、ステロイドの使用を中止すると症状は落ち着きますが、疾患の治療に必要な薬のため自己判断で止めるのは危険です。担当医と相談しながら、治療方法を検討していきましょう。
愛犬がクッシング症候群かどうかチェックするポイント
クッシング症候群はゆっくりと進行していくため、初期症状を見落としたり、加齢が原因ではないかと思われたりしがちです。しかし、比較的見た目に変化が出やすい疾患でもあるので、日頃からよく観察するようにしましょう。クッシング症候群かどうかを見極めるポイントは以下の通りです。
クッシング症候群の初期症状
飼い主が気づきやすい初期症状のひとつに「多飲多尿」があります。水をいつもより飲むようになり、尿量が増えているようなら要注意です。
一般的に犬が毎日必要とする水の量は、体重1kgに対して60mLと言われています。つまり、体重が約5kgであれば、1日の飲水量は300mL程度です。ひとつの目安として、100mL/kgを超える量をコンスタントに飲むようになったら多飲傾向があると言えます。暑い夏場でもないのに、体重が5kgの犬が毎日500mLペットボトル1本分の水を飲んでいたら多飲と考えましょう。
その他の特徴的な症状
クッシング症候群に罹患すると食欲が旺盛になり、肥満体型になることがあります。その後、症状が進行すると筋力が低下して散歩を嫌がるようになったり、おなかがぽっこりと膨れたような体型になったりします。また、左右対称に脱毛が見られることもあります。
その他、免疫力が低下して膀胱炎や皮膚炎などに罹患しやすく、かつ治りにくくなります。また、脳下垂体に腫瘍ができると、夜鳴きや徘徊が始まることも多いようです。ただし、どちらも高齢犬によく見られる症状ではあるため、病気と結びつけて考えることが難しいかもしれません。
「最近、散歩を嫌がる」、「なんだか元気がない」、「いつもと違う」など、少しでも気になる症状があったら、健康診断のつもりで受診してみましょう。
犬のクッシング症候群の予防方法はある?
犬に発症することが多いと言われているクッシング症候群ですが、予防はできるのでしょうか。
犬のクッシング症候群の予防方法はあるのか
クッシング症候群は腫瘍性の疾患になるため、残念ながら飼い主ができる予防はありません。日頃の様子をよく観察し、定期的な健康診断を受けて早期発見・早期治療を心掛けることが大切です。また、ステロイド薬の投与によるクッシング症候群にならないためには、医師から指示された用法と用量を守るようにしましょう。ステロイド薬は治療に効果的な反面、使い方に配慮する必要があります。
クッシング症候群になりやすい犬の特徴
クッシング症候群は、犬種を問わず中齢以降(8歳以上)から発症しやすくなる病気です。しかし、ダックスフント、ビーグル、プードル、ボストン・テリア、ボクサー、ポメラニアンなどは発症リスクが高い傾向にあります。また、犬種や年齢にかかわらず、ステロイド薬を長期的に投与されている場合は、発症する可能性が高いです。
犬のクッシング症候群の検査と治療の方法
クッシング症候群はどのような検査で見つけられるのか、また診断されたあとの治療方法などについて解説します。
クッシング症候群の検査
以下のような検査を行うことでクッシング症候群の診断をしていきます。
- ACTH刺激試験:ACTHを体内に投与し、血中のコルチゾール濃度を測る検査
- デキサメタゾン抑制試験:コルチゾールに似た「デキサメタゾン」を投与し、ネガティブフィードバックが正常に働くか確認する
- 血中ACTH濃度の測定:血中のACTH濃度を測定し、クッシング症候群の原因を見分ける
- 超音波検査:超音波を使って副腎の形や大きさを確認する
なお、脳下垂体の状態を評価するためにMRIやCTを使った検査を行うこともあります。しかし、前述の検査に比べると大がかりになるため、対応できる病院が少ないのが現状です。また、麻酔をかけての検査になることや、費用が高額になることから、実際に診断に使うことはあまりありません。
内服療法
脳下垂体の腫瘍が原因とわかっており、その腫瘍が小さい場合は内服薬で治療が行われます。副腎のホルモン分泌量を抑制することで、血中のコルチゾール濃度を低くすることができます。ほかの治療と比べて体に負担が少ない治療法ですが、投薬量が多すぎると血中のコルチゾールが不足するため副腎皮質機能低下症(アジソン病)の症状を起こすことがあります。投与を開始してから、食欲低下、嘔吐、下痢などの症状が見られる場合はすぐに受診しましょう。
放射線治療
放射線を使って、脳下垂体の腫瘍へ直接アプローチする方法です。治療が成功すれば数か月間は無治療で生活することができますが、対応できる施設が少ないことと、費用が高額になるため飼い主の負担が大きな治療と言えます。
手術
脳下垂体や副腎の腫瘍が大きい場合は、手術で摘出することがあります。
・脳下垂体腫瘍の切除
脳下垂体にある腫瘍の切除は、クッシング症候群の根本的な治療法です。しかし、脳下垂体を切除する手術は難易度が高いため、対応できる施設が多くありません。また、治療後は下垂体がなくなるため、生涯を通じてホルモンを補充し続ける必要があります。
・副腎腫瘍の切除
副腎は2つあるため、腫瘍ができた側を切除しても術後の生活に大きな問題は生じません。そのため、副腎に問題がある場合は、手術で切除して患部を取り除くことがあります。しかし、副腎腫瘍は血管に浸潤しやすく転移しやすいことと、そして副腎自体の血管がもろく、術創の回復が遅いことから、腫瘍の状態を見て「リスクが高い」と判断されると手術適応外になることがあります。なお、腫瘍が良性の場合は切除すると元気に過ごせるようになりますが、悪性だった場合は予後が悪いケースも少なくありません。
治療の流れ
まずは、動物病院で問診、身体検査、血液検査、尿検査などを行います。そのうえで、クッシング症候群の疑いありと診断されたら、上記で紹介したような検査や画像診断などからより詳しく調べていくことになります。なお、原因を見極めるため、複数の検査を行うケースもあります。
次に、もしクッシング症候群と診断された場合、腫瘍の大きさで治療方法を決めていきます。比較的腫瘍が小さい場合、まずは内服治療によるコントロールを試みます。例えば内服治療を行う場合、まずは10~14日ほど投薬を試してから血液検査や問診を行い、その様子から投薬量を見定めていきます。適切な薬の量が決まるまで様子を見る必要があるため、治療を開始して最初の2か月は2週間おき、数値が安定してきたら3か月に1度といった形に切り替わっていくイメージです。内服薬で症状が落ち着くようならば、投薬を続けて体への負担が少ない生活を送ることが可能です。
しかし、腫瘍が明らかに大きい、内服薬で効果が見られないといった場合は放射線や手術による治療が必要になることもあるでしょう。とはいえ、放射線治療や脳外科手術を行えるような施設や獣医師は限られています。そのため、その費用や難易度から、特別な理由がない限り「治す」のではなく、「投薬をしながらうまく付き合っていく」という選択をする方が多い傾向にあります。
それぞれの治療費や治療期間
クッシング症候群の検査や治療にかかる費用は、検査の項目や治療の内容によって異なります。各検査の費用は施設によって異なりますが、ACTH刺激試験で9000円、コルチゾールの検査で5000円(どちらも採血料を除く)が平均的です。
内服治療の場合は症状に合わせて様子を見ながら長期的に進めていくことが多く、定期的な検査も必要です。どの薬をどの程度使うのかによって金額が異なるため、一概に金額を提示することはできません。なお、治療期間は、コルチゾールの分泌量がどの程度に維持されているかで決まります。ただ、クッシング症候群に罹患する犬は高齢なことも多いため、一度罹患すると永続的に投薬が必要な病気になる可能性が高いです。
なお、クッシング症候群は進行性の病気です。そのため、早期発見と早期治療が非常に大切です。初期症状のうちに治療を行うことができれば、寿命まで元気に過ごすことができるケースが多いため、気になる症状があるときはすぐにかかりつけ医へ相談をしてみると良いかもしれません。
まとめ
今回は、犬に発症することが多い「クッシング症候群」の症状や治療法などについて詳しく解説しました。クッシング症候群は一見すると老化やちょっとした体調不良のように感じるため、見過ごされてしまいがちな病気です。しかしながら、多飲多尿やおなかが膨らむなどの特徴的な症状もあります。日頃の様子をよく見ている飼い主だからこそ気がつける変化だと思いますので、気になる兆候が見られたら早めに診察を受けるようにしてくださいね。