なにか元気がない、皮膚の病気がなかなか治らない、それ程食べていないのに太っていくなど、犬の様子がおかしい場合、その原因は甲状腺機能低下症かもしれません。甲状腺機能低下症の症状はさまざまであり、総合的な診断が必要になります。また、放置していて治る病気ではないため、早めに治療を行わなければなりません。大事な愛犬の健康のために、犬の甲状腺機能低下症の症状や原因、治療法などについて、詳しく説明します。
犬の甲状腺機能低下症の概要
甲状腺は、首元にある代謝の調整を担うホルモンを分泌してくれる器官です。その甲状腺の病気として甲状腺機能低下症があります。犬に多く見られる病気ですが、具体的にはどのような病気なのでしょうか? かかってしまう原因や、かかりやすい犬種について詳しく説明します。
犬の甲状腺機能低下症とは
犬の甲状腺機能低下症とは、甲状腺から分泌される甲状腺ホルモンが足りなくなることで発症する病気です。
甲状腺は、首元(人でいう、のどぼとけの位置)のすぐ下のあたりに、気管を中心として左右に一つずつあります。甲状腺ホルモンは、主に身体の新陳代謝を活発にしてくれる働きを担っています。甲状腺機能低下症を発症すると、この甲状腺ホルモンの分泌が不足してしまうことによって、元気がなくなる、顔つきがぼんやりするなど、さまざまな症状が現れるようになるため、注意が必要です。
甲状腺機能低下症の原因
犬の甲状腺機能低下症の原因は、甲状腺組織が壊れてしまったことによって起こる原発性甲状腺機能低下症であることがほとんどだといわれています。自身の組織を自身で壊してしまうリンパ球性甲状腺炎や、原因不明の甲状腺の萎縮によって発症します。
まれな例ではありますが、先天的な甲状腺機能低下症、甲状腺や脳の腫瘍、外傷などが原因の場合もあります。
かかりやすい犬種
甲状腺機能低下症にかかりやすい犬種として挙げられるのは、トイ・プードル、柴犬、ミニチュア・シュナウザー、ビーグル、アメリカン・コッカー・スパニエル、シェットランド・シープ・ドッグだといわれています。ちなみに犬の年齢としては5歳以上での発症が多くなっていますが、5歳以下でも発症する場合があるため、注意しましょう。
甲状腺機能低下症の主な症状とは
甲状腺ホルモンが足りなくなると、基礎代謝が落ち、身体のさまざまな機能の活動が鈍くなってしまいます。甲状腺機能低下症になった場合の具体的な症状について、全身、皮膚、神経の部位別に紹介します。
全身症状
甲状腺機能低下症になった場合に全身に現れる症状としては、元気がない、立ちあがろうとしない、歩こうとしない、体重が増えて肥満傾向になる、体温が低い、心拍数が低下するなどが挙げられます。
皮膚症状
皮膚に現れる症状としては、皮膚が分厚くなる、顔まわりや首の周囲にしわが増える、唇やうわまぶたが厚くなることで悲しそうな顔になる、皮膚が脂でべたつく、フケの増加、皮膚の黒ずみなどの色素沈着がある、皮膚病がなかなか治らない、尻尾や胴体部分の脱毛などが挙げられます。
神経症状
神経に現れる症状としては、顔面の神経に麻痺(まひ)がある、斜めに頭が傾くようになる、つまずくことが多くなる、ふらつきがある、なかなか起きない、発作や昏睡などが挙げられます。
このように代謝の低下によってさまざまな症状が起こるため、少しでも様子がおかしいと感じるところがあれば、早めに動物病院を受診することをおすすめします。
甲状腺機能低下症の診断方法
甲状腺機能低下症の診断では、見た目の皮膚の症状だけではなく、血液検査、画像検査などを実施し、総合的に診断を行います。主な診断方法である血液検査と画像検査について説明します。
血液検査
甲状腺機能低下症の血液検査では、甲状腺ホルモンであるサイロキシン(T4およびfT4)の値の測定と、その上位ホルモンであるTSH(甲状腺刺激ホルモン)の測定が行われます。fT4の値が低く、TSHの値が高い場合、甲状腺機能低下症である可能性が高いと考えられます。しかし、fT4はほかの病気の影響で低く測定される場合もあるため、fT4の値だけで甲状腺機能低下症かどうかを判断することは難しいといえます。そのため、ホルモンの値が低くなっているのはなぜかをさまざまな面を考慮して特定し、適切な治療を行うことが重要になってきます。
また、甲状腺機能低下症の可能性がある場合、高コレステロール血症であることが少なくないことから、高コレステロール血症の検査も同時に行われます。
画像検査
甲状腺機能低下症の画像検査には、レントゲン(X線検査)や超音波(エコー検査)、CT(コンピュータ断層撮影)、MRI(磁気共鳴画像法)検査があり、これらを組み合わせて検査することによって、甲状腺の萎縮を発見できる場合もあります。
甲状腺自体の機能が正常であっても、感染症やクッシング症候群(副腎から分泌されるコルチゾールの過剰分泌に伴う症状)、糖尿病、悪性腫瘍などといった甲状腺以外の病気や使用している薬の影響などによって、甲状腺ホルモンの値が低く測定される場合があります。そのためさまざまな検査を行うことが必要なのです。
甲状腺機能低下症の治療方法
犬の甲状腺機能低下症の治療としては、甲状腺ホルモンの補充が行われます。甲状腺機能低下症は、薬で完治する病気ではないため、発症した場合は生涯付き合っていく覚悟が必要になります。主な治療方法として、ホルモン製剤の補充療法、外科的治療、食事療法について、それぞれ詳しく説明します。
ホルモン製剤の補充療法
ホルモン製剤の補充療法では、甲状腺ホルモンを補充するために、甲状腺薬(レボチロキシン)の投与が行われます。基本的には、生涯にわたって投薬を行っていくことが必要です。投薬を開始する際には、補充する量を確認するために、投薬前と投薬後に血液検査を行い、甲状腺ホルモン濃度を調べます。投薬の量が多い場合、甲状腺機能亢進(こうしん)症を引き起こしてしまう危険性があるため、定期的に血液検査を行い、甲状腺ホルモン濃度に異常がないかを確認することが大切です。また、投薬の副作用として、元気がない、食欲がない、体重が減った、脈が速い、息が荒い、などの症状が出る場合があります。治療中に少しでも気になる症状が見られたときは、すぐにかかりつけの動物病院へ相談するようにしましょう。投薬の量や回数などは、犬の症状や甲状腺ホルモンの濃度によって変わります。定期検査を受け、しっかりと通院を続けていくことが必要になります。
外科的治療
甲状腺機能低下症の原因が甲状腺の悪性腫瘍である場合、外科的な治療が行われることが多くなっています。外科的治療を受ける際は、犬の年齢や体調、体質による麻酔の危険性、ほかの疾患がないかどうかなどが治療の判断材料となります。
外科的治療では、甲状腺を摘出する手術を行います。左右に一つずつある甲状腺の片側だけを摘出した場合は、その後の甲状腺ホルモン薬の投与は必要ありません。ただし、両側の甲状腺を摘出した場合には、甲状腺ホルモンを分泌できなくなるため、甲状腺ホルモン薬の投与を生涯にわたって行っていかなければなりません。このように、犬それぞれの状況によって適応時期や手術方法は変わってきます。外科的治療を行う場合は、麻酔や手術後の合併症の危険性、手術後のケア方法なども大切な判断材料です。事前に獣医師と相談し、納得したうえで治療を受けるようにしましょう。
食事療法
甲状腺機能低下症の食事療法は、栄養代謝トラブルを改善するために行います。栄養代謝トラブルとしては、高脂血、基礎代謝ダウン、タンパク質の生成ブロック、免疫力の異常などが挙げられます。これらを改善するために、良質な低脂肪を摂ること、低カロリーかつ低糖質の食事、高消化性のタンパク質を摂ること、免疫力の維持につながるものを摂ることが重要になります。
甲状腺機能低下症では、甲状腺ホルモンの不調により、犬の血中にコレステロールや中性脂肪がたまりやすくなり、高脂血の状態になることが多くなっています。そのため、低脂肪の食事やドッグフードを与えるようにしましょう。また、できれば脂肪の質にも注意するとよいでしょう。取り入れる脂肪は、良質であるオメガ3脂肪酸などがおすすめです。オメガ3脂肪酸は、高脂血症などへの有効性があるとされていて、甲状腺機能低下症の犬にも効果的だといえるでしょう。
また、脂肪は空気に触れたり、高温になったりすると酸化します。酸化した脂肪は犬の健康にもよくないため、新鮮な脂肪原料を使用し、加熱し過ぎないようにして与えるとよいでしょう。
甲状腺機能低下症の犬は、甲状腺ホルモン不足が原因で、基礎代謝が落ちている状態です。血糖値があがりやすい面もあることから、糖尿病を併発する危険性もあります。肥満や糖尿病にならないよう高エネルギーな食事を控え、低カロリーかつ低糖質の食事を中心に与えましょう。
さらに、甲状腺機能低下症の場合、体内でタンパク質を作る力も落ちてしまっています。そのため、消化によいタンパク源を与えるとよいでしょう。消化しやすいタンパク源を与えることによって、体内でタンパク質を作りやすくしてくれます。
そして、甲状腺機能低下症は、自己免疫性疾患として発症することが多くなっているため、犬の自己免疫の働きが悪くなっていると考えられます。甲状腺ホルモンの分泌が足りなくなっている場合、この免疫力にも影響が出てしまいます。そのため、犬の免疫力をできるだけ維持することが必要になります。食事の面で免疫力を維持するためには、犬の状態に合うサプリメントなどを与えること、腸の健康を守る食事を心がけることが挙げられます。腸の健康を守るための善玉菌を増やすような食事を検討してみるとよいでしょう。
これらを組み合わせ、犬の症状や健康状態に合わせて、バランスのよい食事を与えることが大切です。
甲状腺機能低下症の予防法や注意点
大切な愛犬ですから、病気になることを避けられるのであれば避けたいと考えている方も少なくないでしょう。甲状腺機能低下症にならないための予防法はあるのでしょうか? また、治療をする際の副作用に関しても注意する必要があります。それぞれについて説明します。
甲状腺機能低下症の予防法
甲状腺機能低下症の予防法は、現在の医学においてはまだ見つかっていません。予防することはできないかもしれませんが、早期発見、早期治療を行うことで、症状を抑えることはできます。
元気がない、食事の量にしては太っている、動きたがらない、脱毛、皮膚病がなかなか治らないなど、普段と違う様子がある時点で、早めに動物病院を受診するようにしましょう。
日頃から定期的に健康診断を受けておくことが大切です。
治療中の副作用に注意
甲状腺機能低下症の治療では、甲状腺ホルモンを補うため、甲状腺ホルモン製剤の投与を行うことが一般的な方法となっています。甲状腺ホルモン製剤の投与においては、犬によって適切な量の薬剤を処方することが重要であり、必要な量よりも多く投与してしまうと、代謝がよくなりすぎて副反応を引き起こす危険性があります。そのため、まずは少量から薬の投与をし、その後の犬の状態を確認しながら、徐々に投与する量を調整していく必要があります。治療中は犬の様子をしっかりと確認し、少しでも気になる行動があれば、かかりつけの動物病院に相談するようにしましょう。また、治療の際は、複数回の通院が必要になることが多くなっています。犬の様子が普段どおりだからといって、自己判断で通院を途中でやめずに、獣医師の判断にしたがって根気強く病気と付き合っていくようにしましょう。
まとめ
犬の甲状腺機能低下症は、予防法こそありませんが、適切な診断や治療を行うことができれば、上手に付き合うことができる病気です。元気がない、散歩に行きたがらない、顔つきが変わった、皮膚病がなかなか治らないなどの症状が見られても、犬が高齢だった場合はついついそのまま様子を見てしまうことも少なくはないでしょう。様子を見ているうちに症状が悪化してしまう可能性もあるため、定期的に病院で診察を受け、気になる症状があれば相談するようにしましょう。